わたしからあなたへ

「ブログかけ!」というお言葉を頂きましたので、恐れ多くも挑戦中です。私に起きた不思議な物語の第1章を無事書き終える事が出来ました。しかし不思議な流れは力強く私を運び続けています。「あなた」が目に映る世界が苦しいと感じるのであれば、その心を「ほんの少し温める」一助になれば幸いです。泣いて笑って共に世界を味わいましょう。

天河神社が呼んでいる②(天河までの流れ④)

 「旅立ちを決めよ」

f:id:sintamsc:20171218203254j:plain 「よんでいる」by S

 

 やっぱり本当に存在してる!

 さっきのは、夢じゃなかったんだ。

 場所は・・・奈良県吉野郡天川村。 奈良県か・・なんとか行けるだろう。

 

「よし、今週末、行ってみよう。」

 

私は迷うことなく決断した。

 普段は出不精なくせに、妙な行動力だけは昔からあった。

 私はあの日からの、1か月間をどのように過ごしていたのかをよく覚えていない。

 

 明け方の「天河神社」のメッセージを受け取った時、

 すんなり受け止める事が出来たのには、理由がある。

 

私は反射的に

 「なっちゃんからのメッセージかもしれない」

 「なにか、そこに行けば分かる事があるのかもしれない」

 と思ったからだ。

 

 

ちょうど今日が、あの日から1か月後にあたる事も、

 

なっちゃんが俺に何か伝えてるような気がしたのだ。

 

 私の精神的なエネルギーは、ほとんど枯渇しており、藁にもすがる想いだった。

 

私には霊感などないし、今回ほど明確で不可思議なメッセージ受け取った事はない。

 

普段の現実主義者の私なら、

 「ずいぶんとリアリティのある夢を見たな。面白い。」と思うだろう。

 天河神社の情報を調べもしただろう。

 しかし、実際に行くかどうかは疑問だ。

 

 「天河神社に行けば何かあるのかもしれない」という期待。

 

未来に希望を持つ事を、あの日以来始めて持つ事が出来た。

 

 私は起きてすぐに

 妻に今朝の出来事を興奮気味に伝えた。

 

「天河神社って所に、今週行ってみようと思うんだけど・・」

 

私の理屈に合わぬ生き方をよく知っている妻は

特別に驚く事もなく、ごく自然に、

「行ってきて。 行って来たらいいよ」

と、いつものようにあっさりと背中を押してくれた。

 

公共交通機関を使った行き方を調べると、バスの本数はかなり限られており,

なかなか簡単に行けるような場所ではなかった。

日帰りでは、厳しい距離だ。電車を使って、途中でレンタカーを借りよう。

 

私は少し興奮気味に出勤し、職場の同僚にも、

今日の不思議なお告げについての話をした。

 

 仕事が終わった後、宿をインターネットで探し、なんとなく、一つの宿を選んだ。

 「民宿びわ」という所に予約の電話をした。

 

電話越しの宿の主人は陽気な雰囲気で、

 

「宿泊は大丈夫。ですが、宿泊した翌日に天河神社では、

 重陽の節句際というご神事があるため、神職の方達も宿泊するんです。

 ですから、多少バタバタするかもしれませんが、いいですかね?」

 との事だった。

 

私は

「全くかまいません、大丈夫です。よろしくお願いします」

 と電話を切った。

 

そうか、ちょうどご神事がある日なのか。旧暦9月9日に行われる重陽の節句

これはやはり何かあるかもしれない。

私は、物語性を強めていった。

 

天河神社に関する情報を、時間があれば調べていた。

「国名日本(ヒノモト)の発祥の地」

「呼ばれた人でないと辿り着けない」

「奈良県最強のパワースポット」

「知る人ぞ知る特別な地である」

かなり、有名な神社なんだな・・・。

 

ふと

 あの言葉がどうして私に降りてきたのかを考える。

 

「天河神社」という文字をどこかで見た可能性もあるな。

しかし思い出せない。

 

もし脳に記憶されたとしても、

数ある言葉の中で、何故天河神社だけが、リフレインされたのだろうか。

 

「やっぱりあれは、お告げというものだろうか・・」

 

 天河神社のホームぺ―ジには

 

「辨財天は、川の流れの妙なる様を神格化したとされる、古代インドのサラスヴァティー神であり、その本来の神徳は水の神、そして、水せせらぎの如く素直で妙なる弁舌や音楽の神であり、日本の古代より行われてきた水神の信仰とも結びついています」

 

 そうか、弁財天。また水の神様か・・・・どうも御縁がある・・。

 

 

 私は、霊感などは全くなかったし、神様や守護霊といった存在も半信半疑。

 

私は客観的に証明できないものを、

意気揚々と

「私は神の声が聞こえる」

「私には〇〇の守護霊がついている」

「私は〇〇の生まれ変わり」

という発想に対して、どうも素直に受け止める事が出来なかった。

 

私が最たる者だが、

人は「自分の特別物語」が大好きだ。

何もない自分。

特別ではない自分を、到底受け止める事が出来ない。

思考は、常に自分が特別でいられる理由を

懸命に探して結び付ける。

内容は、優越感でも劣等感でも構わないのだ。

 

私は霊的な現象を語ると言うことは

人が自身の価値を認めるために創り出す、精神的作用の1つだと思っていた。

 

矛盾する様だが、

私は目に見えない力や人間を超えた「何か」

というものは在るだろうという事は実感していた。

 

頭の理解とは別に、ごく自然に

私の人生は、見えない「何か」に守られているという感覚は以前からあった。

 

私の実力ではなく、大切な場面ではいつも協力してくれる「何か」。

 

進路の岐路に立つ時、迷う事がない程、感覚を通して伝えてくれる「何か」。

 

私の人生を常に導いている「何か」。

 

 

 まあ、そんな気がする程度の根拠のないものであったが、

私にはごく自然とその「何か」信頼を置いている事も事実であった。

 

 

 

そうして出発の日を迎えた。

 

その日、雨は激しく強く大地に降り注いでいた。

 

この地域では珍しく、まるで熱帯地域で降るスコールの様に、

雨は強く地面を叩いていた。

 

 私はリュックに荷物を詰めながら、20代の時、インドを1か月間、一人でバックパッカーしていた時の事を思い出して、懐かしく楽しい気持ちになった。

 

 

 

そういえば、あの旅も不思議だったな・・。

 

インドのバラナシに行った時、ガンジス川で沐浴したな。

 

その後、丸1日間高熱を出して大変だったな・・・

 

そいえば、ガンジス川は「聖なる川」として信仰の対象だったはず。

 

 私は、インドを一人旅した時の様な不思議な感覚。

 

私の人生で時々起る、自分の意志を越えた、

導かれてかれているような感覚を、今回の旅の始まりでも感じていた。

 

そうして、私はリュックを背負い、

靴ひもを結び

強い雨の中を出発した。

 

       続く

 

物語の続きを読むにはをクリックして下さい。

天河神社が呼んでいる③(天河までの流れ④) - わたしからあなたへ

 

1つ前の物語を読むには↓をクリックして下さい。

天河神社が呼んでいる①(天河までの流れ④) - わたしからあなたへ

 

 「変わらないあなたへ」

 

先日、数年ぶりにある友人と再会した。

私と彼は対照的な性質だ。

私は感覚的に衝動的に生きてきた。

彼は理論的に細部にわたり熟考しながら生きてきた。

 

反対の性質を持つ彼と「対話」する時間は、私にとってかけがえのない時間だ。

 

私と彼は場所を選ばない。

※人が多いところだと周りが話す内容に驚く・・

 

私と彼がいれば「対話」が始まる。

 

彼は否定するだろうが、私に言わせると彼は「哲学者」だ。

「存在する」とはどういう事かを、自分の思考を使って常に考え続けている。

 

時々彼は、私に本のプレゼントをしてくれる。

池田晶子さんの本も彼から贈られたものだ。

 

彼は、この時代で「本質」を見つめ続けている私の数少ない大切な友人だ。

 

そして、私も彼の前では、堂々と恥ずかしがる事なく

「生きるとは?」「存在とは?」「私とは?」という事を存分に語れるのだ。

 

私は、生きるために重要と思われるアイディアを発見すると彼に伝えた。

 

私のアイディアに対し、彼がどんな言葉を返すのか、何を感じるのかを

とても楽しみにしていた。

そのような友人を持てる、この人生に心から感謝をしたい。

ありがとう。 

さあ、あなたも良き日を。