わたしからあなたへ

「ブログかけ!」というお言葉を頂きましたので、恐れ多くも挑戦中です。私に起きた不思議な物語の第1章を無事書き終える事が出来ました。しかし不思議な流れは力強く私を運び続けています。「あなた」が目に映る世界が苦しいと感じるのであれば、その心を「ほんの少し温める」一助になれば幸いです。泣いて笑って共に世界を味わいましょう。

宇宙は世界に調和を呼びかけている①(天河までの流れ⑤)

『生きるために、ただ座れ』

f:id:sintamsc:20171226152911j:plain「 生死事大 光陰可悟  無上迅速 時不待人」 bY S 方広寺にて

 

天河神社の旅を終えた、翌週。

 

なっちゃんの49日の法要の日が差し迫っていた。

私は、どうしても法要に行きたかった。

 

しかし同時に私は

なっちゃんのご家族に会うことを気後れしていた。

 

あれだけ私を信頼してくださったご家族対して、私はまだ不安を抱いていたのだ。

その事をどうか、許してほしい。

 

どれだけ、「そんな事はない。」と自分自身に言い聞かせても、

 

私の思考は

「時間が経てば、考えも変わる。」

今度こそ

「やっぱりあなたのせい。」

と言われはしないかと怯えていたのだ。

 

私は当日散々悩んだ挙句、息を止めるように法要の場に向った。

 

ご家族、ご親族は最前列に座り、和尚様のお経を聞いていた。

 

私は、一番で後ろで気づかれないようにそっと見守っていた。

 

お母様が振り返った時、私が突然目に入った事で、腰を抜かしそうになってしまった。

 

私は法要が終わった後、

「突然申し訳ありませんでした。」

と、ご家族に声をかけた。

 

お父様は、

「よかったら、この後一緒に食事に行きませんか?」

と声をかけてくれた。

 

私の想像した恐れは、起きるどころか、

ご家族は私に優しさを与えて下さった。

 

私は

「ありがとうございます。でも、この後予定がありますので・・」

と丁重にお断りをして、逃げるように帰った。

 

私は車の中で、誠意に満ちたご家族にたいして、

疑ってばかりで、ご家族を裏切るような気持ちを抱く、

自分自身の情けなさを、軽蔑し罵倒しながら帰った。

 

 いつもの日常生活に戻った。

 

 仕事では、その年はいつもより研修が多く入っており、月に数回は外に出る機会があった。

 精神的に少しは回復したとはいえ、何事もなかったかの様に振る舞いながら、多くの人に接する時間は苦しかった。

 

 家では、意識的に家族と過ごす時間を多くもった。また自分の興味のある事を調べたり、外に出かけたり、趣味に時間をかけた。

 

何故ならば、私は生きる事を選んだから。

 

苦しみの思考に終わりはない。

苦しみの底なんてものはないのだ。

 

苦しみに、後悔に、フォーカスすれば、

どこまでも、どこまでも、落ちていく。

 

深い深い光の届かない、真っ暗な海の底に静かに、ただ落ちていく。

 

私は、光を求めてもう一度、生きるために、あがきはじめた。

 

その中でも救いの一助になったのが「座禅」だった。

 

私は、30歳になってから、本を読んで自己流で「座禅」を始めた。

そして、「いまここ道場」を主催する向令孝和尚に出会い、本格的に日常生活に座禅を取り入れ始めた。

 

夜寝る前、目を閉じると私の思考は決まって、様々な後悔を生み出すのだ。

 

「あの時ああすれば良かったのに。」

「あの伝え方が悪かったのだ。」

「なっちゃんのご家族は、本当は私を恨んでいるのではないか?」

「仕事を続けるなんて、どんな神経してるんだ?」

 

私は、なっちゃんとの別れがあってから「座禅」をする事を放棄していたが、

再び座り始めた。

 

天河神社での旅以降、私は座禅を組む前に

「般若心経」と「弁財天のご真言」を唱えるようになった。

 

理由は、単純で本を見ないでそらんじれたら「かっこいい」と思ったのが動機だ。

もちろん、なっちゃんの供養になればいいなという思いがある。

 

天河神社の旅は、「なっちゃん」が呼んでくれたものと私は今でも信じている。

 

私は、慣れない言葉をつっかえながらも唱え始めた。

 

私は、眠る前。

布団の上に胡坐をかき、「ただ座った」。

 

息を深く吐き出して、また吸い込む。

自分の「思考」が立ち上がるのを見つめる。

周囲の音に耳を澄ませる。

 

その時だけは「今」を生きる事が出来た。

 

座禅をした後は、不思議とぐっすり眠れたのだ。

 

生きるために、私は毎日

「ただ座った。」

 

私は生き続けた。

 

 

 

ある朝。

 

私は再び「言葉」を聞く事となった。

    

      つづく

 

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宇宙は世界に調和を呼びかけている②(天河までの流れ⑤) - わたしからあなたへ

 

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天河神社が呼んでいる⑤4部完(天河までの流れ④) - わたしからあなたへ

 

『あなたへ』

 

 数日間、子供の熱が下がりません。

妻も仕事をしており休んでばかりいられませんので、昨日は私が仕事のお休みを頂きました。

職場の仲間も社長も快く「お大事にしてあげて」と言ってくださり本当にありがたい気持ちです。どれだけ恵まれているのか・・・。

 

病院の受診時、子供はインフルエンザの検査を受けました。鼻の粘膜を取るあの「痛い」検査です。

 

先生が

「我慢してね、手は後ろに。痛いけど我慢するんだよ」という言葉通り、

彼女は手を後ろに組み、ジッと声もあげずに検査を受けました。

粘膜が傷ついたのか、鼻から血が垂れていましたが

それでも泣く事もなく後ろに組んだ手のひらをぐっと握りしめ我慢していました。

 

 私は思わず

「どうして、我慢できるの?何を考えるの?」と尋ねると、

 

少し考えてから彼女は

「あのね。こわいけどね、せんせいの、いうとおりにしたらね、いたかったけど、がまんできたんだよ」と答えました。

 

私は、思い出しました。

 

私にとって、

本当の苦しみは、愛する人の苦しみを代わってあげられない事だと。

 

愛する人の、苦しんでいる姿を、見ている事しか出来ない事。

 

それは、まことに苦しい事です。

 

その「痛み」を「苦しみ」を代わる事が出来るなら、喜んで代わってあげたい。

 

でも、「痛み」は、「その人」しか味わう事ができません。

 

決して代わってあげる事は出来ないのです。

 

自分の痛みより、苦しい痛みがある事を私は思い出しました。

 

 きっと、「あなた」にも、この気持ちが分かる事でしょう。

 

ちなみに、インフルエンザではありませんでした。

 

早くよくなれよ、元気になったら、

いつもみたいに、みんなで駄菓子屋に行って好きなもの買いにいこうな。

 

さすがに、今日はクリック押してとは言いにくい・・・・

どうぞ、俺の気持ちをお察しください(笑)