わたしからあなたへ

「ブログかけ!」というお言葉を頂きましたので、恐れ多くも挑戦中です。私に起きた不思議な物語の第1章を無事書き終える事が出来ました。しかし不思議な流れは力強く私を運び続けています。「あなた」が目に映る世界が苦しいと感じるのであれば、その心を「ほんの少し温める」一助になれば幸いです。泣いて笑って共に世界を味わいましょう。

こころよ(5)

「あなたへ」

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「白モクレン」byM

 

こころよ(1) - わたしからあなたへ

こころよ(2) - わたしからあなたへ

こころよ(3) - わたしからあなたへ

こころよ(4) - わたしからあなたへ

 

まだ、つづいちゃいます。

 

 

心のままに生きる。

 

心に仕えて生きるという事は、

 

心の状態が良ければ天国で、

 

心の状態が悪ければ地獄かもしれません。

 

心の状態は移ろいやすく、

 

とにかく不安定です。

 

更には不安を積極的に、

 

取り込もうとする働きがあります。

 

そんな心に全て仕えるというのは、

 

かなり勇敢なチャレンジャーです。

 

私は、

 

心というのは水の様なものだと思います。

(史上2回目の色使い)

 

これを書くとややこしくなるので、

 

適当に書きます(適当にしか書けません)。

 

水の本質というのは、

 

究極的に言えば人の心の本質を指すのかもしれません。

 

人は、

 

それをと呼んだり

 

と呼んだり

 

と呼ぶのかもしれません。

 

人は何かのきっかけにより、

 

心の本質に触れる機会や、

 

気づく機会もあるかもしれません。

 

でも、

 

そんな体験は持続しませんし、

 

それを忘れて世界を生きていくのです。

 

どんな体験であろうと、

 

移りゆくのです。

 

それに囚われてしまうのが、

 

心の働きでもあります。

 

私が語れる事は少ないので、

 

本質についてはここでは置いておきます。

 

ですから、私の実体験である、

 

心の働きについて、話をすすめます。

 

水は器に合わせた形になります。

 

丸い形の器

 

角張った形の器

 

水は器に合わせた形に自然となります。

 

つまり環境に合わせた心の形(状態)になります。

 

辛い状況(器)に意識を集中(執着)して、

 

思考を重ねてゆけば、

 

当然心(水)は辛い形をとるでしょう。

 

それは必然の様に思います。

 

 なるべくして辛い状況を創り出しています。

 

私は未だにそれをやる事も多いですが・・・。

 

そんな時は、

 

辛い状況(器)に集中(執着)するのではなく、

 

うまいご飯を食べに行ったり、

 

好きな映画を見たり、

 

運動したりと、

 

勇気を出して環境面を変えてしまう方が、

 

心が楽になる事があります。

 

例えば、

 

運動をして汗をかいて、

 

体は疲労しますが、

 

爽快感も同時に得ます。

 

すると心もその形に合わせて、

 

気付くと爽快になっている。

 

 

坐禅はまさにそうですね。

 

接心⑧(天河までの流れ⑥) - わたしからあなたへ

 

正しい姿勢により、まず身を調える『調身』

 

まず環境を整える。

 

次に

呼吸を整える『調息』

 

意識するポイントを規則的で、

 

安定したものに置く。

 

やがて

調身・調息により、心が整ってくる『調心』

 

あら不思議!

 

心も安定している!

 

環境を整え、

 

安定したものに意識を合わせ、

 

心が自動的に安定するのを待つ。

 

良く出来ているではありませんか!

 

さらに特典が!

 

心が静まり返った時!!

 

ご縁があれば、

 

心の本質の認識に至る!!

 

みたいですよ。

 

まあ、そんな事は置いといて・・・。

 

 

 

こんな事を書きますと、

 

私が上手に対処出来ていると、

 

思われてしまうかもしれませんが、

 

全然ダメな時はダメ!

 

圧倒的な負け戦です。

 

坐禅をしようが、運動しようが、

 

何やったって、ダメな時はダメ。

 

そんな時は、

 

もう徹底的にマイナスな思考を極めて、

 

48時間!!くらい続ければ、

 

飽きます!!

 

心は移ろいやすいですから(笑)

 

結果はどうあれ、

 

自分の中で、

 

苦しい時の対応方法の、

 

選択肢を持ってるというのは、

 

良い事だと思います。

 

私の様な社会不適応者でも、

 

負け戦を重ねながらも、

 

今日この日まで、

 

社会で何とかやって来ましたから。

 

 

 つづく