わたしからあなたへ

「ブログかけ!」というお言葉を頂きましたので、恐れ多くも挑戦中です。私に起きた不思議な物語の第1章を無事書き終える事が出来ました。しかし不思議な流れは力強く私を運び続けています。「あなた」が目に映る世界が苦しいと感じるのであれば、その心を「ほんの少し温める」一助になれば幸いです。泣いて笑って共に世界を味わいましょう。

トリニティ物語⑥

【闇のほうへ】

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「孤独な人」」byT

 

【トリニティ物語⑥】

恐れ入ります。つづいております、トリニティです。

⑤のつづきです。

 

さて、

②からずっと記して来ました、このわたしの特性、質。


これ、、、

いまなら、
ひとことで一喝出来るんですよね。

ひとことで。

 

《よけいなお世話だから、それ》


‥‥‥。


ホント、そーなんですよ。

よけいなお世話なんですよ。

 

滑り台を使わせない心にも学びはあって、

使わせてもらえない体験にも意義があって、

笑われる事はつらいけれど、

それにも勿論価値があって、

順番を抜かす人にも、扉を閉める人にも、

それぞれの事情があるんですよね。

 

幼稚園の頃はそれに気づけない。

 

中学生で、やっと、すこし、

高校生で、さらに、すこし

大学生になって、ようやく、「そっか。」

 

人の相談に乗ることが多かったわたし

(今なお変わらず、ですが笑)、

 

それをきいて

 

「よっしゃ!

  わたしがなんとかするわ!」

 

安心する顔。解決するわたし。

 

さらに安心し、嬉しそうにしている姿。

それを見るのは至福のよろこび、

満足、でした。人が楽しそうに笑ってる姿。

それを見るのが何よりのわたしのよろこび。


それを見るわたしが、

しあわせなんです。

 

それも相まって、


お願いされてない事は、

勝手にしちゃいけない。


という事に気づけた後も、

ついつい‥‥でした。

 


こじれにこじれた人間関係の間にはいり、

調整を試みている時、怒鳴られた事もあります。

 

「誰も頼んでないっ!!

 アンタが好きでやってるんだろっ!

 勝手に!!」

 

悲しくて、恥ずかしくて、申し訳のない気持ちと、

自分の至らなさに涙するしかない日もありました。

 

だれかの悲しみむ体験を

だれかの痛む体験を

だれかの苦しむ体験を

勝手になくしてはいけないんだ。

 

だれかが悲しんだ時、

だれかが痛んだ時、

だれかが苦しんだ時、

その時に、寄り添うことが大事なんだ。

 

わかっているのにほっておく。

気付いているのに何もしない。

 

これは、10代のわたしには、苦行でした。

自分を責めてしまいます。

なんて冷たい人間なんだ、と。

 

「それをしたら、あの子を怒らせるよ」

「そこに行ったら、面倒に巻き込まれるよ」

 

見て見ぬ振りをする事は、とても心苦しかったのです。

 

また、わたしには大きく


オール オア ナッシング

0か100か

の気質がありますので

 

あいだを取る事が、できないっ!


言う、か、言わない、か。

やる、か、やらない、か。


ほどよくというのが、

 

出来なかったのです(泣)


そして自然、

わたしはこころの動きがおかしくなり、

高2の頃にはすこしばかりこころを病んでしまいました。

 

対人恐怖症となり、

そこからパニック障害も引き起こされ、

過呼吸を繰り返すようにもなりました。

(これらは当時に診断を受けたわけではありません。

 のちに身体の不調で入院した折に、

 病院での様々な問診にて指摘をされた事でした)

 


わたしにとって、

世界は怖い場所になりました

 


それでも厄介だったのは

トリニティ気質が

「わたしは平気!」

を演じ続けたことです。

 

親の前、学校で、社会の中で、

わたしはその恐怖を押し殺し、

クールに平気に振る舞いました。

 

おかげでわたしは自分の大切な何か

自分の奥深くに封印して生きる在り方へと

完全シフトをしてしまいました。

 

また、わたしは幼少期から、

誰が見ても出来の良いこどもでした。

 

勉強もスポーツも楽器も何でもこなせて、

加えて、自分では全く好めない顔や姿も人からは

「羨ましい」と言われることも稀ではありませんでした。

 

たしかに当時にしては背丈も高く、

目にはつきやすい存在であったかもしれません。

親は会社を経営していて、

家はそこそこにゆとりがありました。

 


見た目には

「手に入らないものは何1つない、

 悩みなども1つもない人生を送る女の子」

に見えていたようです。

 


なんという、

自分の外側と内側の評価の落差でしょう(笑)


こんな風にトリニティは、

もともと幼い頃から、キュッ!と口を固く結んで、

人に自分の内は絶対に見せない

 

その上で、

自分の弱さは表さない


自分は後回し以下の放置


進んで生け贄になる

性分ではありましたが、


成長するに従って拍車がかかり、

自分の声は一切聞かず、聞き入れず、完全に

 

周りの人にとってより良い選択、

都合の良い在り方

 

を、選ぶ生き方にフィックスしてしまいました。

 

これが、自分の人生を、

とてもとても苦しめる元凶となっていたとは、

つい最近まで全く気付くことはありませんでした。

 

当然、

自覚の無い孤独は益々肥大し、

わたしの内側は、変わらず枯渇をしたまんま、

自分と同じ質の人と出会うことをひたすら待っている。

ひたすら探している‥‥。

 


そんな、お年頃トリニティへと成長をしておりました。

 

あ。ちなみに、

生来は人懐っこく明るい、

好奇心満載の(しんちゃん評によるとアラレちゃんのような)

トリニティですので、

おかげさまで、

対人恐怖症は高校卒業と同時に鳴りを潜め、

ほとんどその現れはなくなりました。

 

スイッチ変わると、

それが出なくもない残留物は、そこはかとなくありますが(笑)

  

つづく

 

 前回の物語を読む方は  

トリニティ物語⑤ - わたしからあなたへ

 次の物語を読む方は

トリニティ物語⑦ - わたしからあなたへ

 

「あなたへ」

 

実は、

 

見守る事。

 

見届ける事。

 

というのは、

 

意外に難しいものなのです。

 

大切な人に対して、

 

転ばせたくない。

 

失敗させたくない。

 

と思うのは自然な感情で、

 

とても大切な一つの愛の現れでしょう。

 

しかし、

 

もう一つの形もあると思います。

 

それは、

見守るという事です。

 

私はまさにそのタイプで、

 

周囲から、

 

冷たく映る事もあるでしょう。

 

私は他者から、

 

その様にして欲しいと願います。

 

私は、

 

「失敗するよ!」

 

と警告をされるのを嫌います。

 

いいんです、失敗して私は。

 

そんな事はどうでもいい。

 

私が必要なのは、

 

失敗しても、

 

成功しても、

 

何も変わらないで居てくれる。

 

という事なのですから。

 

結果はどうあれ、

 

「よく頑張ったよ」

 

と見守ってくれる事が、

 

私は一番の愛だと感じるのです。

 

それは、言葉を変えれば、

 

信頼なのです。

 

失う事で、初めて必要性を知ります。

 

転ぶ事で、初めて痛みを知ります。

 

失敗する事で、新しい歩み方を会得します。

 

失敗は本当に失敗なのか?

 

私には分かりません。

 

ですから私の愛の形は、

 

失敗、成功も越えた信頼。

 

例え非難にさらされると分かっていても、

 

私が進む先をただ見守ってくれる。

 

例えその道が危険極まりないと、

 

分かっていても、

 

「あなたが決めたならやっておいで」

 

と私は言ってほしい。

 

そんな性分を私は抱えていますので、

 

もし?

 

私の友人が何かの失敗により、

 

全てを失ったとしても、

 

私は何ら変わる事無く、

 

隣で笑っていると思います。