わたしからあなたへ

「ブログかけ!」というお言葉を頂きましたので、恐れ多くも挑戦中です。私に起きた不思議な物語の第1章を無事書き終える事が出来ました。しかし不思議な流れは力強く私を運び続けています。「あなた」が目に映る世界が苦しいと感じるのであれば、その心を「ほんの少し温める」一助になれば幸いです。泣いて笑って共に世界を味わいましょう。

第2章 ちょっぴり早いプロローグ(3)

 「汝、働きを為させよ」

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 「禊殿」byS

 

前回の物語↓

 

sintamsc.hatenablog.com

 

 見上げた空には、

 

太陽の周りを虹が包む日輪があった。

 

それは、それは、

 

大きなしるしが描かれていた。

 

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その偶然にしては、

 

あまりに出来過ぎている

 

きな印と思われるサインを見た、

 

2人の反応はこうだ。

 

 

 

笑ったのだ。

 

 

もう、笑うしかなかった。

 

声をあげて大きな声で、

 

空を見上げて笑いに笑った。

 

 

「合ってる」という形を、

 

記号で表せば「〇」という形をとるだろう。

 

そして、

 

「印」とは「何かの形」「何か」に刻む事だろう。

 

トリニティが参拝中に受け取った、

 

「あってるしるしを見せる」

 

という言葉通り、

 

見事に、

 

太陽の周囲に「〇」という印を見せてくれた。

 

 

私は現実主義者なので、

 

反射的にその現象に対する反証を探そうと、

 

思考は働いた。

 

空は様々な気候条件により、

 

様々な現象を起こす事も知っている。

 

しかし、

 

私はそんな思考をすぐに打ち消した。

 

この場ではそんな思考は無粋だと感じ、

 

「天から示されたしるし」として、

 

今は素直に受け取ろうと思った。

 

 

不思議に感じた事がある。

 

住吉大社には参拝に来ている人達も多くいた。

 

私達がこれほど太陽の方向を見て、

 

写真を撮ったり、

 

笑ったりと大騒ぎをしているにも関わらず、

 

誰一人太陽を見る人がいないのだ。

 

あれだけ特徴的な日輪現象が、

 

目に入らないのだろうか?

 

虹が出れば関心を持って人々は見るだろうに。

 

多くの人々を観察したが、

 

太陽を見上げて驚いている人は誰もいなかった。

 

 

 

今回の第2章のプロローグでは詳細は省くが、

 

この住吉大社に滞在していた際、

 

実は他にも不思議な現象は起きていた。

 

 

不思議事な現象を書き記す事が、

 

この物語の本意ではない。

 

それはあくまで、

 

彩りを添える様なものに過ぎない。

 

詳細はまたの機会に譲ろうと思うが、

 

一つだけご紹介しよう。

 

私達は住吉大社の境外末社にある、

 

浅沢社に向かおうとした。

 

そこには市杵島姫命(弁財天)が祀られている。

 

もちろん私とトリニティにもご縁を頂いている、

 

天河神社のご祭神でもある。

 

鳥居をくぐる際に、私達は深く一礼した。

 

さあ、

 

向かおうと一歩踏み出した瞬間、

 

私の頭に突然、

 

何かがぶつかって来た。

 

ぶつかったと言っても、

 

私の頭を撫でる様にフワリとした感覚であり、

 

痛みなどはない。

 

頭を撫でられたという感覚が非常に近い。

 

私は反射的に、鳥か何かが

 

頭をかすめたのだろうと思い、

 

その正体を探そうと、

 

周囲をキョロキョロと見渡した。

 

しかし、

 

周囲に飛行しているモノは見つからなかった。

 

あれ?

 

おかしいな。

 

さすがに気のせいのレベルではない。

 

こんなに強い感覚まであるからだ。

 

私は何だ?何だと?

 

と頭をさすっていた。

 

トリニティは、

 

立ち止まったまま挙動不審な行動をして、

 

一向に歩き出さない私に目を止めた。

 

トリニティはそんな私の様子を眺めながら、

 

心の中で、

 

「愛されてるなぁ」

 

と感じ、そして、

 

思い出せよ。本当の自分を。

 

忘れるなよ、さっき感じた事を。

 

という事を見えない存在から、

 

伝えられている様に感じていたそうだ。

 

 

 

 

 翌日。

 

空は鈍い銀色の雲で覆われ、

 

天川村に入った辺りで、

 

雨は静かにしとしと降りだしていた。

 

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こうして、

 

天河神社に行く目的が、

 

ご神事でのお手伝いなどではなく、

 

私とトリニティと2人揃って、

 

 

参拝する機会は初めての事だった。

 

私達は天河神社の禊殿の前に立っていた。

 

 

 2017年の11月に行われた天河特別神事の際は、

 

人々で溢れかえっていた。

 

しかし、今は私達以外誰もいない。

 

雨は静かに空から降り続けている。

 

雨が地に跳ねる音が静かに聞こえる。

 

朱色の禊殿の背景には、

 

高倉山があり、

 

地球の神様である国之常立神が祀られているそうだ。

 

 国之常立神 - Wikipedia

『古事記』において神世七代の最初の神とされ、別天津神の最後の天之常立神(あめのとこたちのかみ)と対をなし、独神(性別のない神)であり、姿を現さなかったと記される。『日本書紀』本文では天地開闢の際に出現した最初の神としており、「純男(陽気のみを受けて生まれた神で、全く陰気を受けない純粋な男性)」の神であると記している。他の一書においても、最初か2番目に現れた神となっている[1]。『記紀』ともに、それ以降の具体的な説話はない。

神名の「国之常立」は、「国」を「国土」、「常」を「永久」と解し、名義は「国土が永久に立ち続けること」とする説[2]や、日本の国土の床(とこ、土台、大地)の出現を表すとする説[3]など諸説ある。

 

トリニティは私の左側に立ち、

 

いつもの様に、

 

心と呼吸を合わせ二礼二拍手をした。

 

手を合わせ頭を下げた時、

 

雨足は急に強まり始めた。

 

 

私は禊殿に特別な想いがあったのもあり、

 

いつもより長く手を合わせていた。

 

雨足は更に強くなり、

 

まるでスコールの様に強く地面を叩き始めた。 

 

 

私はふと左に立っていたトリニティを見ると、

 

突然、何かを畏怖するように、

 

強い雨など全く意に介さず、

 

雨に濡れている玉砂利の上にひざまずき始めた。

 

 

私はそのトリニティの様子に驚きつつ、

 

私はどんな姿勢でいれば良いのか迷っていた。

 

 

トリニティは頭を地につけ、

 

降りしきる雨の中、

 

平伏すような姿勢になった。

 

 

その理由を後で、

 

私はトリニティから伝えられた一部を聞いた。

 

全容を聞いたのは今日が初めてだ。

 

 

あの時、

 

強い雨が降りしきる中、

 

トリニティは禊殿の高倉山から声を聞いたのだと。

 

 

 

 いつもの様にトリニティが祈っていると、

 

 神殿の向こうにある高倉山の奥の方から、

 

突然、

 

重厚感のある男性性の、

 

厳しく畏れ多い感じながらも、

 

見守ってくれる存在からの

 

低く強い声を聞いたのだ。

 

トリニティはとっさに、

 

「立っててはいけない」

 

と感じ、

 

土下座をする様な形で平伏した後、

 

こうべを深く垂れ、そのままの姿勢で、

 

聴こえてくる声に耳をすませ続けた。

 

 

「この隣の者には、・・・・・の

 

   分け御霊を入れてある。

 

 この者に

 

    この世での働きをなさせよ。

 

 しかし、

 

 このままでは、この者は

 

    この力を使うことはない。

 

 自らの想い、こころ、チカラを

 

 見ようとしていないゆえ。

 

 為せぬ事を、為損じる事を、

 

    恐れているがゆえ。

 

 汝の役目、

 

 それはこの者を

 

    汝の光により照らし、

 

 光により導き、

 

    光により開かしめること。

 

 この世での役割をなさせる事。

 

 それは汝にしか出来ぬこと。

 

 この者はまだ弱き者である。

 

 弱きこころが

 

    自らを小さく押し留めおる。

 

 がしかし、

 

 本来のこの者は

 

   今のこの者ではない。

 

 汝はそれを識って

 

    そこにおるのであろう。

 

 もう一度言う。

 

 この者には・・・・・

 

 の分け御霊を入れてある。

 

 ひとたびこころを立てれば、

 

 必ずやすべてのものの光となる。

 

 この者を導き、守り、

 

    支え、仕えよ。

 

 汝はすでに理解しておるだろう。

 

 まずは汝が信じよ。

 

 そして共に進め。

 

 そしてその役目を

 

    しっかりなさせよ。

 

 天は必ずや汝らを助ける。

 

 すべてを導く。

 

 祝福とともに。

 

  つづく

 

前回の物語を読む方は↓

第2章 ちょっぴり早いプロローグ(2) - わたしからあなたへ

 

物語の続きを読む方は↓

第2章 ちょっぴり早いプロローグ(4) 完 - わたしからあなたへ

 

 「トリニティからあなたへ」

 

わたしにとっての住吉大社

 

わたしは1月1日、

 

つまり元日の朝にこの世に生を受けました。


前夜である12月31日大晦日の晩、

 

除夜の鐘と共に陣痛が始まったのを見て、

 

父は取るものも取らず

 

住吉大社に車を走らせたそうです。


そこには大晦日〜元旦を祝う参拝客で溢れており、

 

しかし父は何としてでもその最前にまで出て、

 

お賽銭を投げ入れ【安産祈願】をしよう!!

 

と人波をかき分け、

 

ご神前最前に進み出たらしく。

 

そこで懸命に初の我が子の無事の誕生、

 

つまり、安産を一心にお祈りしていたそうです。


翌朝の朝刊にはバッチリと


初詣で賑わう住吉大社との見出しで

 

父の姿が写っておりました。

 

「初詣やのうて、安産祈願やったけどな!」

 

というのが父の持ちネタになっていました。

 

そんな風に、

 

生まれる時にもご加護を頂いたであろう

 

【すみよっさん】

 

そのあと七五三で訪れた際にも、

 

わたしはその着物姿が新聞に載りました。

 

節目節目にご祈祷を受けていた住吉大社。

 

それでも物心ついてからは

 

「神社が怖い」となっていたわたしは、

 

友人や彼氏と行く夏祭りや初詣以外には、

 

まったく神社には、

 

足を運ばない人生を送っておりました。


なぜ、神社が怖かったか。

 

これはおそらく、

 

トリニティ物語でも書いた通り、

 

自分の存在について、

 

とても疑いを持っていたから。


もしかしたら、

 

悪い魂の持ち主かもしれず、

 

このような、他の人にない変なチカラを

 

かつてわたしは

 

悪用していたりしていた存在かもしれなく‥‥。

 

厳しそうな神様のおられる神社に行く事は、

 

何か裁きを受けに行くような気すらして、

 

足がすくんで自ら進んでは、

 

行く気にはならなかったのです。

 

そんなわたしも、

 

2008年、2012年に大きな転機を迎え、

 

思い切って住吉さんと仲直りをしようと、

 

2014年から月参りを再開したばかりだったのです。