わたしからあなたへ

「ブログかけ!」というお言葉を頂きましたので、恐れ多くも挑戦中です。私に起きた不思議な物語の第1章を無事書き終える事が出来ました。しかし不思議な流れは力強く私を運び続けています。「あなた」が目に映る世界が苦しいと感じるのであれば、その心を「ほんの少し温める」一助になれば幸いです。泣いて笑って共に世界を味わいましょう。

第2章 ちょっぴり早いプロローグ(4) 完

 「為すために生きる」

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 「虹に触れた日」byS

 

前回の物語↓

 

sintamsc.hatenablog.com

 

 雨の中、

 

禊殿の前で平伏していたトリニティは、

 

ゆっくりと立ち上がった。

 

禊殿への祈りが終わった後、

 

スコールの様に降り注いだ雨足は弱まっていた。

 

トリニティは私を静かに見つめた。

 

 

その後小さな橋を渡り、坂を上り、

 

住吉三神が祀られている磐座に手を合わせた。

 

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そして、対面にある磐座にも手を合わせた。

 

トリニティは、

 

そこでも「言葉」を受け取った。

 

見えない存在は、

 

私達にある行動を指示した。

 

それは、

 

小さな儀式な様なものだった。

 

私達は、

 

天河神社の奥宮がある弥山に登る事を決意した。

  

そして、

 

私達は天河を後にした。

 

 

その後も多くの神社を巡ったが、

 

トリニティは毎回、

 

この様に神社で頻繁に、

 

メッセージを受け取る訳ではない。

 

その様な事は「ほとんどない」という印象だ。

 

また、

 

私に関わる案件で「存在」からのメッセージを、

 

受け取る事がある。

 

しかし、

 

私の未来に関わるものは

 

「伝える時期」というものがある様で、

 

その降ろされたメッセージの

 

一部しか伝えられない事も多い。

 

 

今回、私は初めて、

 

禊殿で伝えられた全容を知ったのだ。

 

私は何度も読んだ。

 

何度も何度も。

 

そして、

 

10年以上前にインド旅行から帰ってきた後、

 

私に会いたいと言ってくれた方から、

 

伝えられた私の使命を思い出した。

 

未知なる世界編⑦『予言された年』(番外編・天河までの背景③) - わたしからあなたへ

 

そして、最後に一番重要な事を教えてもらった。

 私の使命についてである。

 彼女は、私の顔を心配そうに見つめた。

 用紙には、『荷重かろうが・・苦悩・・』とペンは字を走らせ始めた。

 どうやら、私の為すべき事の使命の重さを、

『彼女』も私の『守護霊』も心配されたようだ。

 そして、私の使命が伝えられた。

 それは、私の想像出来ない世界だった。

 本当に俺が・・・??人違いじゃねーのか・・??

 

その全てを信じたいと思っても、

 

信じきれない自分がいる。

 

信じようとする自分を笑う自分がいる。

 

私は揺れ続けている。

 

私はこの第2章のプロローグを書くに至っては、

 

自分の勇気を振り絞った。

 

私の弱き心の中の全てを絞って。

 

これは、

 

私なりの決意の表明だ。

  

こんな私を、

 

今現在まで励まし続けてくれた人達。

 

そして、

 

私を根気よく見守り、導き続けた、

 

目に見えぬ「存在」達に。

 

その期待された「何か」に、

 

応えたいという気持ちを私は初めて認めたい。

 

私に為すべき事があるなら、

 

私はそのために命を使いたい。

 

全てがただの幻想かもしれない。

 

幻想に満ちた恥ずかしい物語の、

 

恥ずかしい主人公気取りの、

 

恥ずかしい決意表明かもしれない。

 

もう、それでも構わない。

 

恥ずかしいままでいい。

 

 

私はこの様な出来事を、

 

開かれた世界に出す事が怖かったのだ。

 

禊殿の「存在」から指摘されたように、

 

私は「弱き者」に違いない。

 

自分の弱さを、

 

私以上に知る者などいないだろう。 

 

 

私は私自身が本当に望んでいる生き方を、

 

為せない事を深く怖れている。

 

そして、

 

為せなかった自分を、

 

他者に知られる事を怖れている。

 

私は、

 

失敗を怖れ、

 

恥を怖れ、

 

笑われる事を怖れ、

 

無力さを怖れている。

 

だから私は為せないままでも、

 

生きてゆける様に、

 

いくつもの逃げ道を作ってきた。

 

それをいま認めたいと思う。

 

私が出来る事は、

 

結果はどうあれ、

 

目の前に展開するこの世界に対して、

 

ベストを尽くす事だけだ。

 

何かを為すかもしれないし、

 

何も為さぬまま生を終えるかもしれない。

 

ただ、以前と違うのは、

 

為すために生きようと意志を持った事だ。

 

せめて、為そうとする姿勢で在りたい。

 

笑われたまま為そうとする覚悟。

 

恥を感じたまま為そうとする覚悟。

 

その様な自分で在る覚悟。

 

私は覚悟を決めた翌日に、

 

天からの祝福を受けた。

 

私はその現象をこの目で触れて、

 

その現象が三度起きたら祝福として、

 

受け取ろうと思った。

 

結果、その現象は4回起こった。

 

私は祝福として、

 

たしかにそう受け取ったのだ。

 

 

これから、進むにあたって、

 

何か具体的な展望がある訳ではない。

 

それはなんと未熟で恥ずかしい事だろう。

 

しかし、私がいま持っているものは、

 

笑われようが、いま出せるのは、

 

この「決意」だけだからだ。

 

 

第2章 ちょっぴり早いプロローグ(4) 完

 

  

 

前回の物語を読む方は↓ 

第2章 ちょっぴり早いプロローグ(3) - わたしからあなたへ

 

物語の続きを読む方は↓

第2章 ちょっぴり早いプロローグ(5) 結 - わたしからあなたへ

 

 

「トリニティからあなたへ」

 

~わたしが受け取るものたちについて~

 


「なにそれ?」て、思いますよね?

 

「妄想でしょ?」て、なりますよね?

 

ええ、わかります。

 

それ、

 

誰よりもわたし自身が思って来ていますから。。。

 

今日はこのように、

 

わたしが受け取るものたちについて、

 

少し補足をさせていただきたいと思います。


この「受け取るもの」という表現も悩ましいのですが、

 

一番近いかな、と苦肉の表現です。

 


わたしの受け取り方にはいくつかのパターンがあります。

 

ひとつは、幼い頃に普通にあった

 

【わかる】

 

という感覚を持つパターン。

 

これは文字通り、

 

もう既に頭の中にコピペされて存在するように、

 

【わかる】という受け取り方。

 

次には

 

【圧縮ファイルのようなモノをもらう】

 

というパターン。

 

これは、もらう時は数秒で、

 

受け取ったのちそのファイルを開くと、

 

絵巻物のようにたくさんの言葉や映像が見える

 

〜という受け取り方。


これの特徴は、

 

時間の経過と共に、

 

中身が少しずつ更新されてること。


そして一度もらうと何度も開けれるということ。

 

そして、他には、

 

【人の声のようなイメージで頭の中に入ってくる】

 

というパターン。

 

これは内容によって、

 

男性性や女性性、どちらでもない性、

 

その語気のようなものから、

 

感情みたいなものも感じ取れる事が多いです。

 

だいたいが大きくこの3パターンになります。

 

(他のパターンも稀にあります)

 

(あと、自分の事は

    一切何も見えも聴こえもしたことはありません)

 

おかしいですよね。

 

ええ、おかしいと思います。

 

わたしはいつも


「なにこれ??ホント??」


から始まり、

 

「なんなん、これ??

 なんのために?わたしに??」

 

と、思います。

 

あと、


「やめて。知りたくない。

 関わりたくない」


と思うことも多いです。

 

正直、

《自分に得があることは少ない》からです。


むしろ《不都合》な事の方が多かったりします。

 

そして何より


「それはいつも唐突で、

   知りたい事ではない事が勝手に

   やって来る」

 

のですから。

 


たしかにわかることで、

 

危機を回避することや、

 

少しばかりの小さなギフトが得れることもあります。


それはすべて、

 

ささいな、日常レベルのカンにおいてです。


しかし、

 

人の人生や今後に関してなにかを受け取る時は、

 

いつだって、

 

「生半可な事は言えない。責任は重大だ」と、

 

とてもカンタンには伝える気にはなれません。

 

それが例え

 

「あなたは億万長者になれるみたいですよ」

 

という内容であっても、です。


そんな

《わたしが受け取る不確かな情報》で、

 

人を惑わす訳には行かない

 

と強く思っているからです。

 

そう。不確かだと思っています。

 

基本わたしが受け取るものたちなんて‥‥。


「どこから?」

 

「どんな存在が?」


このふたつに確信が持てないから。。


「なぜ?」


は、なんとなくわかる気がするのです。


やはり、それらは

 

【だれかの、なにかを、促す】

 

つまり

【作用を与える】


ため。だろうと。

 

でも。

【それは、よいこと

   なのでしょうか?】


それをいつも、自分に問うていました。


だから、見えても、わかっても、

 

聴こえても、人にそれを伝える事は、

 

いつも乗り気ではありません。

 

でも

 

「伝えなきゃ。動かさなきゃ」


と、こんなわたしが強く思う事が、

 

この6〜7年で多々起きました。

 

見えない存在からのそのメッセージ、

 

感覚、それが明らかに

 

「光ある方へ導く」行為だと、強く思えたからです。

 

それは

 

「人の(多くは、子どもたちの)

  尊厳や未来、そして、

  大切にしているものを守るため」

 

でした。


そしてそれらは、すべて、


わたしにとっても

 

「動いてよかった。して良かった」

 

という結果に終えることが出来ました。

 


そんなわたしが、

 

しんちゃんに出会い、

 

初めて《自分も含めたこと》を受け取り出しました。


驚きの連続、

 

いぶかりの連続、

 

混乱の連続、


ええ、ちょっとしたパニックでした。


それが始まった去年は。


ですが、


見えない存在は言いつづけました。

 

それは、ひとつ、ではありません。

 

あんな存在、こんな存在、そんな存在までもが


しんちゃんについて、

 

わたしに伝えまくってくるのです。

 

それほどまでに、わからせたいようなのです、

 

どうも、天は。世界は。

 

ですが、


中には、

 

伝えるわたしがしんちゃんに

 

悪く思われたくないので、

 

言いたくない事もたくさんあったり、


しんちゃんのプライベートに関わる事にまで、

 

わたしが言及する事の、失礼さ、

 

不躾さに遠慮、控える気持ちが立ちまくり、

 

言うことにとても抵抗があったり。。

 

それでも、「伝えないと!」

 

ということは最小限伝えて来ました。

 

そしたら、


そしたら、

 

とんでもなく突拍子もない話でも、

 

数週間後、数ヶ月後、ちゃーーんと辻褄が合い

 

意味があったことを知ることになるのです。


何度も、何度もーーー。


そんなことを1年以上繰り返して来て、

 

今のわたしは、


自分が受け取るものことに対し、


《全疑い》から《半信半疑》にまで、


信頼の確率は上がってはおります。


ですが、まだ、道途中。

 

道ははじまったばかりです。


この行く末がどうなのか

 

いまのわたしには、確信と疑い、が

 

混じり合ってるのが、

 

現状です。