わたしからあなたへ

「ブログかけ!」というお言葉を頂きましたので、恐れ多くも挑戦中です。私に起きた不思議な物語の第1章を無事書き終える事が出来ました。しかし不思議な流れは力強く私を運び続けています。「あなた」が目に映る世界が苦しいと感じるのであれば、その心を「ほんの少し温める」一助になれば幸いです。泣いて笑って共に世界を味わいましょう。

WHO OPENS UP THE WORLD?

『鑑賞』

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「美術館」byGAHAG

 

 週末。

 

久しぶりに美術館に行ってきました。

 

ずっと慌ただしい日々が続いていた事もあり、

 

私の心は少しささくれ立っていました。

 

美術館という「場」に行って、

 

心を鎮めたいと思っていました。

 

 

私は美術館が好きです。

 

でも、

 

美術作品の知識も理解も持ち合わせていません。

 

私が美術館に魅かれるのは、

 

実は、展示される作品よりも、

 

美術館の「空間」なのです。

 

あの静謐な空間が目当てです。

 

 

美術館も様々なスタイルがあるでしょう。

 

 

有名な作品が展示されていると、

 

人も多くその空間を楽しむ事は出来ません。

  

また都市にある美術館も同様で、

 

人が多いと思うと行きたいという気持ちには、

 

ほとんどなりません。

 

静謐な空間が、

 

人の気配で台無しになってしまうからです。

 

ああ、私にとって神社も同じですね。

 

 

私が好んで足を運ぶ美術館は、

 

緑に囲まれ、

 

空間も贅沢に使われています。

 

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その空間は日常の生活から見ると、

 

とても異質で、

 

まるで時が止まっているように感じます。

 

 

私は人が少ない時間帯を見計らって、

 

一人ぶらりと出かけます。

 

 

さて、

 

私の作品への鑑賞の仕方は、

 

じっくり、味わうのではなく、

 

まるで散歩の様な速度です。

 

創り手から見たら、

 

命を注ぎ込んだ作品を5秒くらいで、

 

鑑賞し終えてしまうので、

 

怒られちゃいそうです。

 

 ですが、

 

自然と足が止まったものは、

 

じーっと見つめます。

 

まあ、長くても5分程度ですが・・・。

 

特に抽象的な作品に関しては、

 

ジーッと見つめ、

 

「何だコノヤロー」

 

と思ったりします。

 

これは作品を馬鹿にしてるのではなく、

 

私なりの誠実さです。

 

作品の概要など読まず、

 

予備知識もなく、

 

ただ、

 

「私(存在)」と「作品(存在)」

 

が向き合うのです。

 

そして、その作品に向き合う事で、

 

私の中に呼び起こされる、

 

感覚や感情を味わいます。

 

それが、私の鑑賞の方法です

 

まあ、

 

作り手の作品に対する想いを知ってから、

 

鑑賞する楽しみもありますけれど。

 

 

私だけこんな変な鑑賞の仕方をしているのか?

 

と思っていましたら、

 

美術館の今回の企画パンフレットに、

 

こう書いてありました。

 

美術が世界を開くには、アーティストの力のみでは困難であるということです。世界を開く糸口は、アーティストがつくりだす作品と鑑賞者である皆さんとが積極的に交流するなかで、生じるものなのです。まずは会場で、作品とじっくり向き合ってみてください。そして「これはなんだろう?」と思いをめぐらせ対話を重ねることで、はじめて世界は開かれていくのです。

 

これ!

 

これ!

 

書いてあるじゃん!!

 

そうか、

 

私の鑑賞法もあながち誤りじゃなかった。

 

ただ、じっくりじゃないけど・・・。

 

 

私は喧騒から離れた、

 

静謐な空間を充分に味わった後、

 

「心の何か」が確かに、充足しているのを感じ、

 

足取り軽く美術館を後にしました。