わたしからあなたへ

「ブログかけ!」というお言葉を頂きましたので、恐れ多くも挑戦中です。私に起きた不思議な物語の第1章を無事書き終える事が出来ました。しかし不思議な流れは力強く私を運び続けています。「あなた」が目に映る世界が苦しいと感じるのであれば、その心を「ほんの少し温める」一助になれば幸いです。泣いて笑って共に世界を味わいましょう。

心に重しは悪いのか?(4)

「重い存在」

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「お不動様」byS 

 

sintamsc.hatenablog.com

 

心に重くのしかかる「あの人の存在」。

 

「自分らしく」をたやすく叩き潰してくれる「あの人の存在」。

 

あーうるさい

 

あーめんどくさい

 

あーうとっしい

 

という存在が、

 

私を解放させ、

 

喜びを味あわせる存在でもあるようなのです。

 

人間的に心底どーかと思う人の事は今回は除外します。

 

 

んな訳ねーだろ!!

 

と私も思いますよ。

 

 

正直、

 

解放されなくていいから、

 

重き存在に、

 

「視界に入らない場所に消えて欲しい」

 

思っちゃうのが自然でしょう(笑) 

 

 

しかし、

 

すんずたくはありませんが、

 

どうやらこの世界の理は、

 

どうやらそうなってる様な気がするのです。

 

 

周囲が自分を解放してくれる人ばかりであったとしたら?

 

おそらく、

 

そのありがたみは空気の様なモノで、

 

感謝する対象にはならないでしょう。

 

そして、

 

周りは自分を解放してくれるのに、

 

上手に解放出来ない自分を発見。

 

もしくは、

 

他者を解放できない自分を発見。

 

苦しみ対の対象は、

 

他者から自分にシフトするのかもしれません。

 

うわー人間めんどくさー

 

結局、

 

輪廻のようにグルグル苦しみを追い求めてる(笑)

 

 

環境がどれだけ変わっても、

 

自分が変わりはしないのですから、

 

結果同じなんだと思っています。

 

 

楽しい事だけ考える。

 

喜びだけにフォーカスする。

 

それが出来たら素晴らしいでしょう。

 

楽しい人だけに囲まれたい。

 

優しい人だけに囲まれたい。

 

でも、無理だろ、それは。

 

悲しい事も考えちゃうだろうし。

 

苦しい事にもフォーカスしちゃうだろう。

 

それを、無理にすり替える事は、

 

結局、

 

苦しみを増す事になるのだと感じます。

 

だって、

 

その負の感情から逃げ続けなきゃいけないから。

 

その負の感情を認めてはいけないのだから。

 

それは、負の発生が恐れになるはずです。

 

誤魔化した分、

 

心にはその感情が溜まっていくのです。

 

静かに。雪の様に静かに。

 

そして、積もってゆきます。

 

それは怒りや恨みという感情として、

 

いつの日か花開くでしょう。

 

 

人前では、

 

まるで絵にかいたような幸せな人間に見せて。

 

人が居なくなったら、

 

まるで廃人の様に鬱々してる。

 

そんなもんですよ。

 

そんな人沢山いるんですよ、

 

ホラ!実はあの人も(笑)

 

 そんな事より、

 

プラスもマイナスも、

 

真正面から受け止めて、

 

なんでもこいや!!

 

なんでもかまわんわ!!

 

善悪も、

 

幸も不幸も、

 

天国も地獄も、

 

成功も、失敗も、

 

 

鼻くそほじりながら、

 

そんなもん、

 

どっちでもいいわ!!

 

とあらゆる価値を乗り越えられる方が、

 

まことに幸せだと思うんです。

 

 

えー何の話だっけ?

 

 

ああ、重き人の話ね。

 

そうは思えなくても、本質的には、

 

そんな存在は実は自分の解放に繋がっているかも!?

 

幸福と密接に繋がっているかも!?

 

そんな話をしたかったんだ。

 

でも、説明に失敗しましたね、テヘ。

 

俺は、

重き人は見えないとこに行ってほしいと思ったり、でも自分にとっての重要性も知っています。(笑)

 

 

しかし、全然まとまらなかったなあ。

 

 

まあ、そんな話、

 

どーでもいいわ!!

 

という事で、唐突にお話は終わります。

 

 

おわり