わたしからあなたへ

「ブログかけ!」というお言葉を頂きましたので、恐れ多くも挑戦中です。私に起きた不思議な物語の第1章を無事書き終える事が出来ました。しかし不思議な流れは力強く私を運び続けています。「あなた」が目に映る世界が苦しいと感じるのであれば、その心を「ほんの少し温める」一助になれば幸いです。泣いて笑って共に世界を味わいましょう。

やさしい手で

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 「知らなかったレインボー」by S

 

 

子供という存在は優しいなと思います。

 

人間としての自然に持っている優しさ。

 

物事を受け入れる器。

 

私は到底かなわないと実感します。

 

意地悪だったり、

 

喧嘩したり、

 

ズルしたり。

 

そんな事は日常にある。

 

でも、それとは別の質です。

 

その質において、

 

あきらかに私は負けているなと実感します。

 

 

子供は、親としての能力がない親でさえ、

 

親として信じるほかない。

 

それしかない。

 

それは子供にとって恐ろしい事でもあります。

 

しかし、比較も逃げ場もない子供にとって、

 

その状況をただ素直に受け止めるしか術がありません。

 

 

美しい瞳で、

 

身体は大きいだけの人間の所業を見つめ、

 

心に全てを取り込んでゆきます。

 

 

どんな所業であろうと、

 

子供は寄り添おうと歩み寄るのです。

 

 

その無垢さは、

 

大人(身体は大人)にとって、

 

優しい気持ちを生み出す事もあれば、

 

己の弱さも生み出しやすくもなります。

 

親という存在は本当に大きな影響力を持っています。

 

 

それは、当たり前の様で、

 

とても理不尽な世界のように思います。

 

 

私はよく子供達に、

 

土下座して謝りたくなります。

 

 

私はポンコツ人間ですから。

 

 

子供に対して、

 

自分の弱さや甘えを自覚した時、

 

その子供の小さな手で、

 

私の頭をひっぱたいて欲しくなります。

 

 

その慈愛の手で、

 

そのやさしい手で、

 

このどうしようもない存在(私)を、

 

叩き壊して欲しくなります。

 

 

実際、

 

「お父さんの頭を叩いてくれ」

 

と言っても、

 

子供は顔を横にふり、

 

私の頭を撫でてくるのですから。

 

そんな時は、

 

私は完全にノックアウトです。

 

 

今日も小さな手で、

 

一生懸命頑張ったな。

 

ありがとな。

 

俺もポンコツながらも、

 

頑張ったよ。