わたしからあなたへ

「ブログかけ!」というお言葉を頂きましたので、恐れ多くも挑戦中です。私に起きた不思議な物語の第1章を無事書き終える事が出来ました。しかし不思議な流れは力強く私を運び続けています。「あなた」が目に映る世界が苦しいと感じるのであれば、その心を「ほんの少し温める」一助になれば幸いです。泣いて笑って共に世界を味わいましょう。

常岡一郎さん(1)

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 「みどり」byGAHAG 

 

 

常岡一郎さんの本に出会ったのは、

 

10年以上前の事だと思います。

 

東城百合子さんの本を読んで、

 

この方の生き様もなかなか凄いのですが、

 

その方が「師」として仰いでいたのが、

 

常岡一郎さん。

 

どんな方なのだろうと興味を抱き、

 

本を取り寄せました。

 

当時、書店には置いていなかったと思います。

 

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↑ 私が今でも大切にしている本です。

 

 

なんとも大きな視点で、

 

天のことわりが、

 

とても平易な言葉でまとめられています。

 

ああ、なるほど。

 

と日常に即した理(ことわり)を、

 

理解しながら読み進めて行けます。

 

 

この方は、天の流れを確信を持って、

 

生きて行かれたのでしょう。

 

またこの方は、

 

12年間国政の仕事をされています。

 

ここがまた良いのです。

 

 

人間欲望ど真ん中の現実社会で、

 

どっぷり生きたのです。

 

 

綺麗ごとでは、やっていけない局面の中、

 

真理を見つめながら生き抜いた。

 

 

その言葉は信頼に値します。

 

 常岡一郎師の略歴:
明治32年福岡県生まれ、慶応大学理材科在学中、卒業前に結核にたおれ、学を捨て、闘病と求道に入る。
昭和10年修養団体『中心社』を創設。養護施設中心学園、養護老人ホーム中心荘を経営して社会福祉に貢献、更に健康学園を創建。かねての持論である5健運動を推進。
昭和25年、参議院議員に当選。12年間国政に参劃。
昭和44年、勲二等瑞宝章を賜る。

平成元年、90歳で死去

 

さて、

 

さっそく常岡一郎さんの言葉をご紹介致しましょう。

 

 

出したものの記念

常岡一郎選集 太陽に学ぶ

 

 

人間は何でも取ったものが残るように思う。

 

だから、悪いことをしてでも取り込もうとする。

 

しかし、よく考えてみると、

 

全く反対になっているがこの世の姿である。

 

その人に残るものは、

 

その人の出したものである。

 

 

力をいつも絞りきる人には、

 

力こぶがその形見として残される。

 

声をいつも出し切る人には、

 

良い声と丈夫な喉とが記念としてその人に残される。

 

鍬をとって幾度も手の皮を剥いた人には、

 

タコが厚い皮となってその人に残る。

 

その人が出し切ったものが、

 

その人に永遠に残されるのである。

 

これが神の定めた自然の法則である。

 

己から出たものは己に返るものである。

 

財産も富も、その人の集めたものが残るのではない。

 

その人が罪や富や地位を掴むまでに絞った

 

心の姿と努力の結果が残るのである。

 

仮に非常に悪い心と、

 

人の恨みを買うようなやり方をして富や地位を掴むとする。

 

その時は、その悪い心の種と、

 

悪い天の理とが残るのである。

 

その人の将来や子孫には、

 

その集めたものは残らない。

 

悪い種の姿として思わぬ不幸が続く。

 

そうしてその不幸のために、

 

かき集めたものは失われてゆく。

 

 

己から出たものは己に返る。

 

人の世は、その人の出したものが形見として残る。

 

これが宇宙の法則である。

 

病気もまた、その人の出してきた不平、不満、薄情、

 

こんな心の姿が形見として残されているのである。

 

 

現在の自分は、

 

過去において自分の出してきたものの記念の姿である。

 

人はともすればものが人を守ると思いがちである。

 

しかし、そのものが守るのではない。

 

天の理に副わなかったら、

 

ものは何の役にも立たない。

 

天の理に逆らってつかんだものは、

 

かえって身を滅ぼすことがある。