わたしからあなたへ

「ブログかけ!」というお言葉を頂きましたので、恐れ多くも挑戦中です。私に起きた不思議な物語の第1章を無事書き終える事が出来ました。しかし不思議な流れは力強く私を運び続けています。「あなた」が目に映る世界が苦しいと感じるのであれば、その心を「ほんの少し温める」一助になれば幸いです。泣いて笑って共に世界を味わいましょう。

そうじのちから

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私は休みの日は、

 

掃除や片づけに時間を費やす事が多い。

 

 

空間ってものは、

 

あっという間に、

 

ホコリ、ごみ、汚れ、荷物で占領されてしまう。

 

まるで、思考みたいに。

 

子供達がいれば、

 

どんな綺麗に掃除をしても、

 

本当に一瞬で汚部屋になります(笑)

 

腹立ちますよ。

 

このやろーって思いますよ。

 

 

しかし、掃除は意味がないと思って、

 

ほっておけば、

 

さらに空間は汚れてゆきます。

 

そして、

 

不思議と精神にも確実に影響してゆきます。

 

心が荒むのが自分で分かります。

 

現実的な空間と、

 

思考の空間が、

 

とても深い関わりを持っている気がするのです。

 

 

私は極端なので、

 

一人暮らしをしていた時は、

 

汚部屋か、綺麗な部屋のどちらかでした。

 

カオスはカオスで心地よさがありますから。

 

 

現実的な掃除は、

 

私にとって、坐禅や瞑想よりも、

 

目に見えて分かりやすく、

 

精神的に良き効果をもたらします。

 

しっかり、掃除が出来た空間は、

 

己の心は同期するように、

 

こころを爽快にさせ、

 

心地よく安定させます。

 

 

不思議なもので、

 

すでに綺麗な場所に行っても、

 

同じような感覚にはなりますが、

 

自分が実際に、

 

その空間を隅々綺麗にした方が、

 

違う次元で心地が良いのです。

 

 

掃除は現実的に、

 

その空間が清浄になった事が、

 

触れても、見ても、確認出来ます。

 

何より綺麗な部屋は心地よく、

 

作業もスムーズに進むという実用性があります。

 

 

その様な事から、

 

私はまず自分の空間をまず清浄にする事が、

 

自分の思考の清浄化に繋がると実感しています。

 

その清浄な空間で、座った方がより良く座れます。

 

 

こんな事を書くと、

 

我が家は部屋が綺麗に思われるかもしれませんが、

 

人を呼ぶ際には、

 

一週間の掃除をする時間の猶予が、

 

必要な環境です(笑)