わたしからあなたへ

「ブログかけ!」というお言葉を頂きましたので、恐れ多くも挑戦中です。私に起きた不思議な物語の第1章を無事書き終える事が出来ました。しかし不思議な流れは力強く私を運び続けています。「あなた」が目に映る世界が苦しいと感じるのであれば、その心を「ほんの少し温める」一助になれば幸いです。泣いて笑って共に世界を味わいましょう。

いろとは何だ(1)

 

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「紫」by GAHAG

 

 

世界中はこんなにも豊かに「色」に溢れているの何故だろうか?

 

命達のあらゆる色。

 

命は「色」を持って何かを表現したかったのだろうか?

 

 

そして色は一体「存在の何」を表わしているのだろうか?

 

「色」というものは、

 

物体(存在)そのものに、

 

「色」がついているのではないそうです。

 

その物体(存在)が、

 

一定の光を反射する性質あり、

 

その反射した「色」を人が識別している様なのです。

 

 

「色」を表現するためには、

 

「光」が絶対に必要です。

 

 

つまり、色を見分けるためには、

 

「光」が不可欠なようです。

 

それはそうですね、

 

暗闇では「色」を識別する事は出来ませんから。

 

 

「黒」は光を反射せず吸収してしまい、

 

「黒」を表現しているのです。

 

 

色の根源である「光」は、

 

その「光」そのものに、

 

すでに多くの「色」が含まれています。

 

 

太陽光や蛍光灯などの「光」は人にとって、

 

白色の光しか見えませんが、

 

本来は多くの色を湛えているのです。

 

 

その「光」に反射した「存在」の「色」が、

 

その「色」に「見える」という事なのだそうです。

 

 

不思議です・・・

 

何とも奥深い・・・

 

 

私は最近「色」について、

 

考える機会がありました。

 

「紫」についてです。

 

 

どうやら、

 

「存在(在り方)」と「色」は、

 

密接に関わっているようなのです。

 

 

私はそれを知った時、

 

「愛は光(神は光)」などという、

 

宗教臭い言葉の理解を深めたように感じました。

 

 

例えば、

 

「光」という言葉を、

 

「愛」「命」「神」という言葉に置き換えます。

 

 

「光(愛)」はあらゆるもの(色)を、

 

分け隔てなく「存在」に惜しみなく注ぎ続けている。

 

しかし、

 

その光(愛)を受け取る「存在の質」によって、

 

受け取るもの(反射する色)が変わって来てしまう。

 

 

ここで、不思議なのは、

 

「反射」する事が「存在の色」を表現するという事です。

 

 

つまり、

 

自分の身の内だけに吸収してしまうのは「黒」として表現され、

 

そのまま全てを世界に返す事は「白」と表現される事です。

 

 

神の恵みはどの存在にも降り注いでいるが、

 

その恵みを受けとれるかどうかは、

 

「神」のせいではなく、

 

受け取る存在の「質」にかかっているという事。

 

その存在の質によって、

 

受け取る内容(反射する色)が変わってゆく。

 

 

矛盾するようですが、

 

受け取る(存在の表現)とは、

 

世界に光を還元させるという事。

 

 

・・・・

 

 

 

すいません、うまく表現出来ません。

 

 

が、何か大切なヒントを得た気がします。