わたしからあなたへ

人生は不思議な事で満ちています。運命の出会いと別れを経て2017年11月20日に「ブログかけ!」というお言葉を頂きました。その不思議な物語の第一章を書き終えましたが、不思議な流れは更に力強さを増して、ようやくわたしは真を生きる事を決心しました。わたしもあなたも生きる事を味わい尽くし、善き旅路の果てで出逢いましょう。

内観への旅③(私のくびき)

厳島2023

 

 

内観は、過酷である。

1日16時間も自分を見つめる事は、

常軌を逸しており、

非常な苦しみである。

こんな事はやれない!と思うのが正常だ。

人によっては気が狂うだろう。

 

特に問題なく人生を生きている方には、

こんな事をわざわざやる必要はないのかもしれない。

しかし、本当に人生に追い詰められ、

もう後がないと覚悟した人間にとっては、

それに賭けるしか道がないのだ。

 

私の当時の状態を記そうと思う。

その姿はあまりに無様であり、

人様に見せる事は勇気がいる。

忘れたいとすら思うほどだ。

しかし自分がそれを生きた記録として、

そして、

この様な状態に陥っても人は生きる事を選択する限り、

再び世界を生きようと思える可能性が、

ある事を示す事になるかもしれないから。

 

当時の私の心身の状況を記したメモがある。

 

2021年3月

 

朝起きる事が、追い込まれるまで起き上がれない。

何故生きるのか?という問いがある。

 

明日が始まる事が怖い。

明日生きてゆけるのか不安がある。

 

気力が出ない。

とにかくボーゼンとする。

 

やらなければならない事を前にすると、

優先順位が分からずボーゼンとする。

 

何をすればいいか分からない。

目的が分からない。

順序立てて考える事が出来ない。

かんがえるという事が出来ない。

物事の判断がつかない。

何を大切にすればいいのか分からない。

特に書類の整理や、管理が出来ない。

 

やらなければならない事を、

前にするとパニックを起こす事がある。

パニックとは、異常な焦りと落ち着きなさ、判断のつかなさ、絶望感。

 

そのパニックを避けるように、やる必要がある事から逃げ出してしまう。

 

同じミスを何度も繰り返してしまう。

確認が出来ない。

車をぶつける。

扉を閉められない。

仕事に何を持っていけばいいのか分からない。

スマホを忘れる。

 

鏡を見ると、自分の心情と、実際にうつる落ち着いた表情との、落差にぞっとする。

 

情報や記憶が残らない事が増えている。

感情がある一定の時間湧かない事がある。

 

掃除や片付けが出来なくなった。

散歩、食事作り、洗濯、洗い物などは出来る。

 

人と話す時に、オデコのあたりが熱を持ち、グルグルと動く感覚になり集中出来ない。

 

職場にいると自分の症状が共鳴して、その場から飛び出したくなる。

 

子供達の生活を見る事が絶望感がある。

しつけや、学校に必要な事など対応しきれない。

 

仕事、家庭、生活の事を考えると、

自分の無能力によって巻き込んでいる事が、分かるので消えてなくなりたいと思う。

 

仕事の事になると、パニック度はあがる。

情報の量が増えるような事や数時間何かに取り組むと、

1時間は、ボーゼンと、何もしない時間を作らないと、

目が実際にグルグル回ったり、不安感で気が狂いそうになる。

 

求められている仕事をやる能力がないと実感する。実際に処理し切れない。

しかし、出来る時もある。

 

 

意識を失う事を求めている。

本当は、仕事や子供、犬を見る事が現在の状況で無理だと分かっている。

入院が必要な状態かもしれないが、その治療のプログラムも拒否するとわかってる。

 

一人で、何もかも放棄して、数日間何もせず過ごしたい。

 

上記の症状が夕方から回復する事が多い。

 

環境によって、その状態から突然回復する事もあり、ますます混乱してしまう。

 

2022年8月 研修申し込み 症状についての抜粋

◯ここ数年で激しく起こった環境の変化によって、自分の信念が崩れ落ちた感覚があります。物事の価値や意味なども見出せなくなっています。今の自分はまるで目的地が入力されていないナビのようなイメージがあります。うまく動けないのです。

 

生活で困っている具体的な症状(これらは常にその状態である訳ではありません、1日の中で全く問題を感じない時間もあります。周期と外部刺激によって発生する感じがしています。現在の状態に「嘘ではないのか?どこかで意図的に実行しているのではないか」という懐疑的な気配も感じています。

・判断 決断が出来ない(何が正解で間違っているか、自分には分からなくなった)

・思考と動作の不一致(夢の中にいるように、フワフワと現実に足がついていない感じがする)

・周期的に心身が緊張し身体は強張り、気持ちも塞がり行動できなくなる。

・ウロウロと歩き回ってしまうか、特定の場所で座り続けてしまう。意味のない動画を見続けてしまう。

・頭の中は常に混乱していて動き回ってる感覚ある。音や刺激があると体が硬直すると共に思考が「恐れ」を抱く。

・日常生活に必要な家事・子供の世話・仕事の用事など手を付ける事が非常に億劫で先延ばしにしたり、「未知」に対して対応する事が恐怖に近い。

・複雑な事を目の前にすると眉間の奥が硬直する感覚があり、思考停止に近い状況になる。

・体や頭が震えるようなゾワゾワ グルグルした感覚がある。

・恐れや不安といった思考の奴隷の様に感じて苦しい。

 

とまあ、こういった状態で2年間過ごした事になる。

私は家庭も仕事もなっちゃんとの出会いもあったので、

私には生きる選択肢しかなかった。

それは、私が死に対して置かれたなっちゃんに、

どれほどに『生きて欲しい!』と語った事だろうか。

いや、なっちゃんだけじゃない。

私は生きる事に疲れた大切な人間に、

生きろと伝えた。

私はその言葉に対して生涯、

責任を取らなければならないからだ。

死を希求する人間に対して、

生きる事を励ました私は、

自身がそれを証明しなければならない。

だから、どんなに生きる事が辛くとも、

私は生きねばならない、これからも。

 

「死」というものに対しては、

「解放」という甘美ささえ感じていた。

 

未来や予定といったものが恐ろしく不安だった。

今でさえ生きる事が途方も無い事であるのに、

未来まで考える事は苦しみ以外のなにものでもなかった。

 

当時の記憶で印象深いのは、

「途方も無い」

という感覚だった。

 

人はこうやって、生きる事を諦めるのだ。

生の価値より、

死の価値が上回り、

死は恐怖ではなく、

解放へと意味を変えてしまう。

 

それでも、

責任を果たすには生きてゆくしかなかった。

 

責任は私を縛るくびきであり、

このくびきによって、

私は苦しみ、

私はくびきによって生き残った。

の解説
  1. 車の轅 (ながえ) 前端に渡して、牛馬の頸の後ろにかける横木

  2. 自由束縛するもの。「―を逃れる」

今考えると恐ろしいが、

当時の私は電気ショック治療や頭蓋骨に穴をあける治療などを、

真剣に調べたほどだ。

(通常の服薬や入院などの治療は私の性質上とても無理だから)

当時の自分は何か大きなショックを与えない限り、

復帰は困難だと切に感じていた。

 

しかし、その治療結果は廃人になるケースも多く、

その様な状態では私は求められている役割が果たせない事が分かった。

冗談の様な話だが、

その様な事を真剣に考えるほど生きる事(責任)に追い詰められていた。

 

遺書というタイトルで、

メモに書いている。

当時その様なものを沢山短く書いており、

うまく言葉が出なかった。

 

遺書的な抜粋 2022年4月

 

桜が咲いていた。

 

青い空で、風が吹いてる。

 

優しい仲間は、俺を怒らない。

 

さて、隠す事はないな。

 

生きる情熱を持たぬまま、

 

死んでゆく。

 

それは、残念と思う事すら、近づけなかった。

 

遠いな。

 

 

全てを置き去りにしてゆくまま。

 

生きる覚悟が、壊れてしまって、

 

立ち上がるのがめんどくさい。

 

 

死を悲しむ風習をやめて欲しいな。

 

 

・・・生きて行けるだろうか。

・・・は大丈夫かな。

 

何しに来たのかな?ってあんた

 

そんなの分からなかったよ

 

みんな、すごい。

 

生きる事が出来て。

 

馴染めなかったな、この世界。

 

なっちゃん。

 

約束果たして、果たせなかったな。

 

 

ごめんね。

 

こういった力ない言葉達を書いた。

世界は遠くにあり、

普通に生きるという事を、

当たり前に出来る人々を、

異星人の様に眺めていた。

自然はその中でも淡々と美しかったのを覚えている。

 

つづく

吉本内観への旅①(人生の地下工事) - わたしからあなたへ

吉本内観への旅②(悪人への気づき) - わたしからあなたへ

吉本内観への旅③(私のくびき) - わたしからあなたへ

吉本内観への旅④(幻想) - わたしからあなたへ

吉本内観への旅⑤(記憶の海底) - わたしからあなたへ

吉本内観への旅⑥(悪の暴露) - わたしからあなたへ

吉本内観への旅⑦最終回(内観について) - わたしからあなたへ

内観への旅⑧番外編(ウイルスの発見) - わたしからあなたへ

 

「あなたへ」

 

えー、

3週間ぶりに日常の休みです。

 

この夏はかなり活動的に過ごしました。

温泉に行ったり、

実家では遊び尽くし、

流行りの病にもかかり、

修行にも出掛けた

印象深い夏となりました。

 

今日は朝から床屋に行き、

髪を短く切ってもらい、

帰ってからはグータラ過ごしました。

 

去年の今頃は、

目的地のないナビゲーションの様な脳みそで、

日々を生きていて、

「何かを楽しむ」

「何かをやりたい」

という気持ちがどうやったら自分の中に生まれるのか?

検討もつきませんでしたね。

 

先ほど長女とイセの散歩にゆき、

神社で手を合わせてきました。

 

さあ、今日はなんだか何にもやる気は出ないけれど、

今からリビングだけでも久しぶりに掃除機をかけなきゃな。

終わったらシャワーを浴び夕食を真面目に作るか。

 

明日は草刈機で家の前の猛烈な雑草を刈り取らなければ・・・

うーめんどくせ。

 

子供達とワラワラと過ごす事、

面倒くさいと言いながら、

本当は数少ない、

心が歓喜する時間と知っています。