わたしからあなたへ

人生は不思議な事で満ちています。運命の出会いと別れを経て2017年11月20日に「ブログかけ!」というお言葉を頂きました。その不思議な物語の第一章を書き終えましたが、不思議な流れは更に力強さを増して、ようやくわたしは真を生きる事を決心しました。わたしもあなたも生きる事を味わい尽くし、善き旅路の果てで出逢いましょう。

祖母の物語⑧最終回(不思議なメッセージ)

父との絆

平成二十六年一月 「父 眞吉と私」の手紙抜粋 祖母著

 

前回の物語

sintamsc.hatenablog.com

 

さて、今回で祖母の物語は最終回となる。

 

毎回そうだが、

自分で書きながら、

こんなにも話が広がってゆくとは思わなかった。

多分私にとってこの物語を書くことは、

自分にとっても必要なものだったと思う。

 

今回の物語を書く事によって、

私の姓を繋げるために、

あらゆる物語があったのだと改めて知る事が出来た。

五世の祖父市兵衛さん

曽祖父の眞吉さん

そして祖父。

先祖の事を整理しながら感慨深さを感じた日々だった。

 

そして、戦争の事。

戦争を軽く調べた程度で、

地獄とはまさに現実社会に在るのだ

という事をしみじみ感じた。

 

また日本の戦争経験者も、

あとしばらくしたら、

皆地上からいなくなってしまう事もあり、

生の体験記を少しでも残しておく必要があると思っていた。

 

忘れられないあの独特な祖父の強い瞳。

あの目に力強く宿っていたひかりは、

死線を越えてきた者だけに宿る証なのかもしれない。

 

祖母の青春は戦争と共にあった。

青春の女性が謳歌できる時間を、

祖母はどれほど持てたのだろうかと思う。

 

家も家族も友人も仕事も街も国すらも、

壊滅する様な絶望的な状況でさえ、

命一つさえあれば、

時間はかかるが、

人も家族も友人も仕事も国も、

また繁栄してゆく力を持っている事を知る。

 

まことに命の力強い事よ。

だから、

生きる事をあきらめちゃいけない。

 

また曽祖父と祖父との約束。

子供が出来たら必ず○○家を継がせるという

約束を果たし、

この物語では書いていないが、

要所要所で、

○○家が困らない様に祖父のやり方で、

○○家を守り続けてくれたのだと思った。

曽祖父と祖父との男同士の友情の様なものすら、

物語を書きながら勝手ながら感じていた。

 

祖母の話から逸れてしまったので、

話を戻そう。

 

1985年(昭和60年)祖父が62歳の頃、

現役を退き、

暖かく暮らしやすい伊豆に家を買い求め、

祖母と共に野菜を作ったりと、

晩年は穏やかに暮らした。

 

そして2008年(平成20年)

十月三十日に生涯の幕を閉じた。

八十六歳であった。

 

祖母はその後も伊豆で暮らしていた。

週に数回介護保険制度を利用しながらも、

気丈に一人暮らしをしていた。

 

しかし、

やはり高齢になり、

転倒などもあり、

一人で暮らしてゆくのは難しいと判断し、

2017年(平成29年) 祖母が91歳の頃に、

私の両親が住む実家で一緒に暮らす事になった。

 

2022年(令和4年)祖母が96歳の時に、

体調を崩し、一時は命も危ぶまれる状況になり入院。

 

その年の6月に祖母からラインが来た。

 

2022年6月26日のLINE

暫く具合が悪くラインを送れませんでした。

帰れるか分かりませんので、

今までのお礼をラインで伝えたいと思います。

子供も孫も曽孫も健康で優しく私は幸せでした。

96歳まで長生きしました。

思い残すことはありません。

○○家をよろしくお願い致します。

今迄ありがとうございました。

 

その様な覚悟をしたLINEを受け取り、

私は私と元気な子供達の写真を送り、

祖母と少し電話で話をした記録が残っていた。

 

一時は寝たきりになるかと思われたが、

幸い体調は回復した。

しかし、医療的ケアが必要な事もあり、

介護医療のケアの受けられる

老人ホームに入居する事になった。

 

祖母のホームには、

私の姉が献身的に通い祖母を助けている。

 

祖母は真面目な性格なので、

リハビリなども自主的に取り組み、

現在では、

手すりにつかまって歩行をしたり、

スクワットをしたりと、

超人ぶりを発揮されている。

すごすぎる・・・

 

さて最後に、

祖母の物語を書いていて、

やはり一番心に残ったのは、

曽祖父と祖母の関係性だ。

つまり、父と娘の強い絆だ。

 

物語を書く中それをずっと感じていた。

 

何か特別な絆があるのだと思う。

 

曽祖父にとって唯一の嫡子である祖母の存在は、

いつまでもきっと心配で、

命をかけても守るべき存在だったのだろう。

 

そして曽祖父が亡くなってもなお、

祖母の心には曽祖父の存在があるのだと感じる。

 

私にも娘がいるので、

父として娘を想う気持ちは分かる。

 

私はご先祖様を含めた、

両親、祖父母、曽祖父母の様に、

とても立派に生きてゆけるとは思えない。

私は本当に欠陥人間だと自覚をしているから。

 

それでも、

それでもだ。

 

命をそして姓を繋げてくれたみんなに、

恥じない様にせめて、前を向いて、

精一杯生きなければならないなあ

と思った次第だ。

 

祖母は来年の1月で99歳になる。

どうぞ、

これからも健康で

長生きをして頂けたらと願います。

 

この物語を書きながら、

○○家の土地や姓を継ぐ者が、

よりによってこの私である事は大変恐縮だ。

 

でも、やれるだけ、精一杯生きてみるよ。

 

あらゆる感情を体験しなければいけない、

この地上を生き抜いた、

ご先祖様に深い感謝を捧げます。

 

98歳のおばあちゃんには、

この物語を書くにあたって

沢山の協力を頂きました。

 

改めて感謝を申し上げます。

 

おばあちゃん

本当にありがとう。

正面から真ん中(いち子)左(母 はん) 右(祖母 ヨシ) 上(父 真吉)



 

(おわり)

 

祖母の物語① - わたしからあなたへ

祖母の物語② - わたしからあなたへ

祖母の物語③ - わたしからあなたへ

祖母の物語④ - わたしからあなたへ

祖母の物語⑤ - わたしからあなたへ

祖母の物語⑥ - わたしからあなたへ

祖母の物語⑦ - わたしからあなたへ

白寿の会 - わたしからあなたへ

 

「不思議なお話

 市兵衛さんからのメッセージ」

 

さて、この祖母の物語の2話を書くにあたり、

↓2話

sintamsc.hatenablog.com

 

トップ画像は五世の祖父「市兵衛」さんの写真を使わせて頂いた。

本来ならば、

話の筋として曽祖父の「眞吉」さんの写真を使いたかったのだが、

残念ながら私の手元になかった。

(後日写真をもらい、記事を修正した)

しかし五世の祖父の市兵衛さんの写真は、

何故か私が祖母から頂いていたので、

せっかくだからと使わせて頂いたのだ。

 

ちなみに私は先祖の家系図の見方を誤っており、

〇〇家の先祖が徳島県が発祥だと勘違いしていたが、

実際はそうでない事が後日分かった。

(トリニティは知っていた・・・)

 

さて、この記事を書いた

sintamsc.hatenablog.com

 

その次の記事は、

sintamsc.hatenablog.com

 

この法人を設立し四周年の記念日として、

また新しい事業の一環として、

徳島県を旅した忘備録的な記事を書いた。

 

その旅の際、

一番最初に行った神社が、

天石門別八倉比売神社である。

(あめのいわとわけやくらひめじんじゃ)

天石門別八倉比売神社
(あめのいわとわけやくらひめじんじゃ)

ja.wikipedia.org

 

実はこの神社の参道を通る前の鳥居で、

私とトリニティは、

今迄感じた事のない緊張感を感じたのだ。

なんでこんな緊張するんだ・・・

 

我々は結構多くの神社に足を運んだが、

今回ほど畏れ多い緊張感を持った事はなかった。

 

しかし、

我々のご先祖様もこの神社で参拝した可能性もあったので、

敬意をもって進む事にした。

階段を登りながら、自分の鼓動の音が聞こえた。

 

階段を登り終え、

境内に入れば、

そこはとても気持ちがいい空間だった。

「気」がいいと言えばいいのか・・

 

ご先祖様も手を合わせたかもしれないと思い、

我々も本殿に手を合わせ、

ようやくこの地に来れた感謝を伝えた。

 

不思議だったのは、風が吹いていないのに、

紙垂がブラブラとずっと揺れていた事だ。

 

もしかしたら、

ご先祖様もこうやって子孫が、

ここまで足を運び手を合わせている事を

喜ばれているかもしれないと思った。

 

私が参拝を終えても、

トリニティはまだ手を合わせていた。

 

私はおみくじがあるのを発見し、

トリニティが手を合わせ終えたら、

おみくじを絶対ひこう!!

と思い、呟いた。

 

私はトリニティが参拝を終えるまで

暇だったので、その間境内をうろついた。

 

すると、境内の奥には道があり、

何か呼ばれるている様な気がした。

早く行ってみたいと思いつつ、

トリニティを見るとまだ本殿前に居た。

 

おじさん

「いつまで、

 なにやってんだよ!」

とトリニティに声をかけに行くと、

 

トリニティ

「アナタがおみくじ

 引こうって言ったから、

 ずっと私はここで

 待ってたのよ!

 

と逆に怒られた・・・

 

そんじゃやるか

私はおみくじの箱に手を伸ばし、

ゴソゴソと選び、

一つを手に取った。

 

すると、

トリニティが突然真顔で、

 

「今からひくおみくじには、

 あなたのご先祖さまの

 メッセージが書かれているから」

 

強い口調で言い切った。

 

私は、

なーに言ってんだよ。

だいたいおみくじは、

和歌みたいな言葉が書かれていて、

抽象的で、

どんな風にも解釈出来る文章が書かれてるもんだ!

と思いながら、

おみくじをひらいた・・・

 

すると・・・そこに書かれていたのは

 

 

 

 

ん?

わがこころ すがすがし

我が心清々し

 

わがこころすがすがし!

 

え!

そんなおみくじあるの!?

 

初めて見た!

え!マジ?

メッセージじゃん!

 

ご先祖様は

我々がこうして徳島の地に来た事

をマジで喜んでるの!?

清々しいの!?

すごー!!

 

私は興奮しトリニティに直近のブログは、

五世の市兵衛さんの写真を使ってる旨を話すと、

 

トリニティ

「市兵衛さんは徳島から婿として、

 あなたの土地に来た、

 その人なのよ!

 あなた知らなかったの?」

と教えてくれた。

 

※トリニティは私の○○家の先祖調査にめちゃくちゃ協力した過去があり、

私よりも先祖に詳しいと言う・・・

またトリニティもご先祖様が徳島の方という・・・

 

おじさん

「知らなかった!」

 

じゃあ、

私は何にも知らずに、

たまたま徳島出身

の市兵衛さん写真を使っていた事になる・・・

 

しかも、おみくじで、

先祖の軌跡を追った孫を見て、

本当に市兵衛さんが想いそうな言葉が出るとは・・・

 

もう何がなんだか分からないが

 

凄すぎっ!!