わたしからあなたへ

人生は不思議な事で満ちています。運命の出会いと別れを経て2017年11月20日に「ブログかけ!」というお言葉を頂きました。その不思議な物語の第一章を書き終えましたが、不思議な流れは更に力強さを増して、ようやくわたしは真を生きる事を決心しました。わたしもあなたも生きる事を味わい尽くし、善き旅路の果てで出逢いましょう。

背伸び100パーセント

 

バカなくせに、

何でバカだと指摘されると認めたくないんだろ。

 

不真面目なくせに、

何で不真面目だと思われるのは、

嫌なんだろう。

 

悪人なのに、

何で悪人だと知られてしまう事から、

逃げるんだろう。

 

人がより良くなりたい

という欲望を持つ事は、

自然に備わっている大切な力だと思う。

 

しかし、

理想の自分と現実の自分は違う。

 

私はそれが暴露される事から、

逃避か、偽るかの選択をしてきた。

今でもそうだ。

 

しかし、論理的に考えるなら、

①バカだと指摘される

②なぜバカだと指摘されたか考える

③事実であれば、それを受け入れ改善する

 

という展開をしてゆくのが、

より良くなる道だ。

 

しかし実際は、

①バカだと指摘される

②反射的に拒絶する。

③指摘した相手を恨む

 

という、

論理的からかけ離れた

感情で生きてきた。

 

しかし、

そういった虚偽の積み重ねが、

自分を崩壊に追い込むのだと、

実体験して、

いやー本当に身に染みた。

周囲も大変ですわ。

 

常に人前では、

背伸びをしているんだから、

そりゃ、疲れます。

 

ああ、

本当にどうしようもねー

それなのに、

警察にも捕まらずに生きて来た奇跡。

 

そして、周囲の人達は、

俺と一緒に生きてくれる。

そりゃ、なんとありがたい。

 

と、内観の模範的な答えを、

内観を終えた日に、

外の世界で感じたのを覚えています。

 

あれは、不思議な安堵感でした。

 

ありのままの自分を認めて生きる

という事は、

実に難しいと事だと思います。

 

ありのまま

というのは、

自分の弱さやズルさ、

何より空虚さを受け止めて生きるという事だと思います。

そして、より良くなりたい、変わりたい

という気持ちも、

ありのままの自分だと思います。

 

私が足りなかった力は、

自分のマイナス面をどっしりと、

素直に受け止める力だったのかなと思います。

本当の自分を見つめる事から逃げて来たのです。

それが苦しみを生み出していた。

 

これは、私のこれからの課題です。

 

奥武蔵内観研修所

質問9 
内観をすると自己嫌悪に陥るような気がするのですが。
 
 
人は、誰しも自分に対して「こうありたい」という欲求を持ちます。自己嫌悪というのは、自分自身に対して「こうありたい」という希望する自分とは違う自分を、現実に見せつけられた時に陥る感情と言えます。つまり、無意識のイメージで作り上げた自己像と現実の自分とのギャップが自己嫌悪感を生むのです。

内観は、「こうありたい」という現実の存在しない仮想の自分ではなく、現実の「自分のありのまま」を観ることです。「こうありたい」という仮想の自分を崩し、現実の自分を観ることは、最初は辛いのですが、いったん「ありのまま」の現実の自分を受け入れることができたら、深い自信と感謝に満たされます。現実の自分を受け入れることができたら、もともと現実ですから自分の自己像と現実の自分は一緒ですから、二度と自己嫌悪に陥ることはありません。

 

うーん、深い。

これは真理をついていると思います。

 

私は今でも自己嫌悪にはなりますが、

前とは少し違った反応をする様になっている気がします。

 

二度自己嫌悪にならないなんて、

そんな自分になってみたいと思います。