わたしからあなたへ

人生は不思議な事で満ちています。運命の出会いと別れを経て2017年11月20日に「ブログかけ!」というお言葉を頂きました。その不思議な物語の第一章を書き終えましたが、不思議な流れは更に力強さを増して、ようやくわたしは真を生きる事を決心しました。わたしもあなたも生きる事を味わい尽くし、善き旅路の果てで出逢いましょう。

大切な君たちに伝えたい事⑧「優しさ(愛)」(幸せを感じる心を創るヒント)

「本当の優しさ」

「石造 菩薩交脚像龕」大阪市立美術館 中国仏教彫刻コレクション


君たちが私より優れていると思うのは、

君たちは私より、ずっと深く優しいからだ。

 

そんな私が君たちに

優しさについて語るのは

おこがましい事だけれど、

生きる上でとても大切な事なので、

優しさや愛について私の持論を、

伝えさせてもらうよ。

だから世間の言葉の意味とは異なるので、

参考程度にしておくれ。

 

さて、

優しさとはなんだろうね?

 

人は誰もが優しい人が好きだよね。

優しい人が嫌いだ!

という人をあまり見た事がない。

 

それほど、

人が求める重要な人格的要素の一つだ。

 

そして、

優しいという漢字は、

優れているとも読める。

「優しい」と「優れている」は、同じ一字から生まれた

「優しい」と「優れている」——一見まったく別の意味に見えるこの二つの言葉は、どちらも**同じ漢字「優」**を使っています。なぜ「やさしさ」と「優れる(卓越)」が同じ字で表されるのでしょうか。

「優」という字の成り立ち

「優」は「人偏+憂(うれい)」で構成されています。「憂」は「悲しむ・心配する」という意味。つまり原義は、他者の悲しみに寄り添う人です。

この一点から、意味は二方向へ広がりました。

  • 優しい ← 他者の痛みに心を配る → 思いやりがある
  • 優れている ← 他者より深く感じ、細やかに気づける → 人よりも秀でている

二つは対立ではなく、同じ根を持つ

英語の "excellence" の語源は「上に出る」という競争的なイメージですが、日本語の「優れる」の出発点は他者への共感の深さです。

感じる力が豊かだから、やさしくなれる。感じる力が豊かだから、人より秀でることができる。

「優」という一字は、やさしさと卓越は同じ感性から生まれるという考え方を静かに示しています。

 

つまり、優しさとは、

相手の思いを感受し、

寄り添える力の事だ。

 

私は君たちにその力をずっと感じてきた。

 

しかし、私が世間で言う優しさは、

非常に嘘があると感じている。

 

私の感想だが、

世間でよく言われる、

いい人や優しい人は、

弱い人が多い。

 

私はその人を、

優しい人だとは思わない。

ただ嫌われたくない人

と映っている。

 

いわゆる世間的な、

良い人や優しい人の方向性は、

相手を思いやる方向

ではなくて、

自分を守るための方向性だ。

 

それは本来の意味とは

まるで逆だ。

 

だから自分がいい人など、

自称する人間を信用できないし、

私にとっては褒め言葉ではない。

 

本当に優しい人は、

強い人だと私は思う。

そして時には

厳しくもあると思う。

 

ほら、お寺に祀られている

仏像の不動明王様は、

憤怒の厳しい表情だろ?

あれには理由がある。

f:id:sintamsc:20260720194627j:image

f:id:sintamsc:20260720202020j:image

不動明王様の表情が厳しい理由

不動明王の厳しい表情は、人を怒っているのではなく、人を苦しめる煩悩や迷いを断ち切るための「慈悲」の表れです。

その忿怒の姿には、「どんな迷いにも負けず、必ず救い導く」という揺るぎない決意が込められています。

厳しさの奥にあるのは、深く力強い優しさなのです。

 

慈悲心の悲について

「慈悲心」の「悲」は、単なる悲しみの意味ではなく、仏教において特別な意味を持っています。仏教の教えでは、「慈悲(じひ)」は衆生(すべての生きとし生けるもの)を思いやる心のことを指します。

• 「慈(じ)」 は、「楽を与えること(与楽)」を意味し、相手に幸福や安らぎを与えようとする心です。

• 「悲(ひ)」 は、「苦を抜くこと(抜苦)」を意味し、相手の苦しみを取り除こうとする心です。

 

つまり、「悲」には、他者の苦しみを見て放っておけない、共に悲しみ、救おうとする心という意味が込められています。この「悲」は、単なるネガティブな感情ではなく、深い共感と救済の意志を表しています。

「人間」 又吉直樹さん(春分の日) - わたしからあなたへ

 

だから仏教は深くて面白いよね。

あの厳しさは、

慈悲の現れなんだよ。

 

さて、話を戻そう。

 

弱い人では、

人を助ける事は出来ない。

強い人は、

人を助ける事が出来る。

何故ならば、

力の方向が自分を守るのではなく、

他者を守る方向に向かうからだ。

 

君の周りを見渡してごらん、

ほとんどの人が、

嫌われたくない人ばかりじゃないか?

私から見れば、

やさしさの仮面を被った、

ただの迎合する人に映る。

 

また何でも

手助けをしてくれる人が

優しい人とは限らない。

 

じっと我慢づよく

見守る優しさもある。

それは更に高度な優しさだ。

 

手助けは、

非常に分かりやすいので、

感謝されやすい。

しかし、

手を出す事で、

相手が出来ることまで

奪ってしまう事も多い。

分かりやすい手助けは、

時に自己承認欲求が、

中心にある事も多い。

それは、利己的だ。

 

子供の頃から

大人から何でも手助けされた

子供は、

大人になっても、

何も出来ない人に、

なった人を何人も見てきた。

そして、

その後ずっと苦しみを

生きる事になっていた。

 

見守る事は

一見冷たいようにすら、

映ってしまう事もあるが、

実は相手の力を信じて、

未来まで見通している、

深い優しさかもしれない。

 

 

なぜ、

強くないと人を

助けられないか?

 

例えば山登りにゆく。

 

A君は日頃から自分の身体を使い、

心身自立して生きている。

 

A君は登山道を力強く歩き、

迷いなく頂上を目指している。

 

B君は日頃から、

周囲の力に依存して生き、

体力もない。

 

B君は山道の傾斜に苦戦し、

頂上につけるのか?

常に不安を抱いて歩いている。

 

あと、もう少しで、

頂上というところで、

一人が歩けなくなってしまった。

それは、A君、B君どちらだろうか?

 

それは多分B君だろう。

 

そして、

あと少しの頂上まで、

B君を支えてあげられるのは、

A君だ。

 

人を助ける事が出来るのは、

心身が自立したA君だ。

 

もし、

A君が倒れてしまったとして、

自分の事で精一杯なB君が、

A君を支える事が果たして出来るだろうか?

 

私はその様に考えている。

だから、君に伝えたいことは、

本当に優しい人間に

なりたいなら、

強くなれ!という事だ。

 

そして、

多くの嫌われたくない、

自称、

優しい人(弱い人)を

見分ける力を持て

という事だ。

 

さて、

「愛」について、

私には

正直わからない事が多い。

 

神の愛

家族への愛

世界への愛

 

ただ、

私が分かっているのは、

本物の愛であるならば、

「愛」とはきっと、

「厳しいもの」を

内包しているという事だ。

 

以前、戸塚宏さんが動画にて、

愛について、

このように説明されていました。

 

簡単に説明すると、

愛の定義は、

愛とは

「守ること」

 

なるほどと思った。

 

そしてさらに深いのは、

 

女性性の「愛」は

相手の「今」を守る

 

男性性の「愛」は

相手の「将来」を守る

 

ここでも、

私はなるほどそうかもしれないと、

深く唸った。

 

私の「愛」はいかにも、後者であり、

男性的な「愛」の部類だ。

私の子育ては、将来困らぬように、

「今」は厳しくとも、

自分を自分で守る力強さを育てる、

「将来を見据えた愛」であった。

 

そして、

女性の「今の愛」は、

更に重要だと認識している。

その愛があるからこそ、

現在を受容し将来を信じる事が出来るからだ。

 

つまり、

その2つの両輪があってこそ、

愛は完成するのかもしれない。

 

私は聖書を読んだ時に、

神が如何に厳しくとも、

それは「愛」だと認識できるのは、

神が全てを見通している故だと思うからだ。

 

「主は愛する者を訓練する」

―ヘブライ人への手紙12章の教え

ヘブライ人への手紙12章には、苦しみや試練に向き合う上で、多くの人々を励ましてきた言葉があります。

「主は、その愛する者を訓練し、受け入れるすべての子を、むち打たれるのである。」
(ヘブライ人への手紙12章6節)

ここでいう「訓練」とは、罰や懲らしめではなく、子どもを愛情をもって育てる「教育」「養育」という意味です。

神は人を見放しているから苦難を与えるのではなく、愛しているからこそ、人を成熟へと導かれると聖書は語っています。

さらに11節では、訓練の目的がこう記されています。

「すべての訓練は、その時は喜ばしいものではなく、かえって悲しく思われる。しかし後になると、それによって鍛えられた人々に、平安な義の実を結ばせる。」
(ヘブライ人への手紙12章11節)

試練の最中は、その意味が分からず、ただ苦しいだけかもしれません。

しかし、時を経て振り返ったとき、

「あの経験が自分を育ててくれた。」

そう思える日が訪れることがあります。

ヘブライ人への手紙12章は、苦しみそのものを良いものだとは言っていません。

しかし、神はその苦しみさえも、人を成長させるために用いることができると教えています。

つまり、この章が伝えているのは、

「愛とは、ただ守ることではなく、時には訓練を通して相手を成熟へ導くことでもある。」

ということです。

だからこそ、「主は愛する者を訓練する」という言葉は、苦難の理由を説明するだけでなく、**「あなたは見捨てられているのではない。愛されているからこそ育てられている。」**という希望のメッセージでもあるのです。

 

 

「愛」について、

私はよく分からないので、

これ以上説明は控えるが、

愛と優しさは深く繋がっている

という事だ。

 

今回君たちに伝えたかったのは、

世間のイメージに、

惑わされて欲しくなかったからだ。

 

本当に優しい人は、

嫌われる事を恐れない人、

忍耐強くもあるが、

時に主張し行動できる人。

 

相手の「今」や「将来」を

守るために、

嫌われ役すら

引き受ける事が出来る人。

だから、

一見、厳しい人や怖い人が、

実は本当に優しい人

である可能性が

ある事も忘れないでほしい。

 

そして、

いつも自分に合わせて、

気持ちのいい事を

言ってくれる人が、

実は自分を守るだけで、

優しさとは関係のない人である

可能性も忘れないように。 

 

どうぞ、

君たちは本当の優れた

優しさを持つ人として、

そして、

本当の優しさを

見抜ける目を持つ人として、

今後も在れる事を祈っている。

 

 

大切な君たちに伝えたい事①(幸せを感じる心を創るヒント) - わたしからあなたへ

君たちに伝えたい事②(幸せを感じる心を創るヒント) - わたしからあなたへ

大切な君たちに伝えたい事③(幸せを感じる心を創るヒント) - わたしからあなたへ

大切な君たちに伝えたい事④(幸せを感じる心を創るヒント) - わたしからあなたへ

大切な君たちに伝えたい事⑤「成功」(幸せを感じる心を創るヒント) - わたしからあなたへ

大切な君たちに伝えたい事⑥「失敗」(幸せを感じる心を創るヒント) - わたしからあなたへ

大切な君たちに伝えたい事⑦「意味 価値 存在」(幸せを感じる心を創るヒント) - わたしからあなたへ

大切な君たちに伝えたい事⑧「優しさ(愛)」(幸せを感じる心を創るヒント) - わたしからあなたへ

大切な君たちに伝えたい事⑨「神・宇宙」(幸せを感じる心を創るヒント) - わたしからあなたへ

大切な君たちに伝えたい事⑩「最後に」(幸せを感じる心を創るヒント) - わたしからあなたへ

「あなたへ」

 

「主は、その愛する者を訓練し、受け入れるすべての子を、むち打たれるのである。」
(ヘブライ人への手紙12章6節)

 

人生に

ムチを打たれたまくった俺は、

確かに訓練された気がする。

 

なんだ結構、俺は神様に、

愛されてるのかもしれない(笑)

 

 

 

ここ数日、

人生においても大きな出来事が続きました。

 

あまりに変だなあと思って、

メールで送られてくる無料の西洋占星術を見てみたら、

珍しい配置の様です。

 

7月16日から21日までは、占星術的にとても珍しい期間です。

 

「幸運と拡大」の星・木星を中心に、深い運命を動かす巨星たちが次々と響き合うのです。

 

7/16 天王星セクスタイル海王星
7/18 天王星トライン冥王星
7/20 木星トライン海王星
7/20 木星オポジション冥王星
7/21 木星セクスタイル天王星

 

後半、獅子座に入ったばかりの木星が、海王星、冥王星、天王星と触れていくことに。ふだんなら数ヶ月、数年がかりで進むはずの変化が、この短い期間に一気に現実味を帯びることが暗示されています。

 

2025年には、海王星、天王星、土星が足並みを揃えるかのように「世紀の大移動」を果たしました。そして、冥王星は2023年から滞在している水瓶座において、「風の時代」をさらに加速。それゆえ、現実の世界でも、揺れや波乱が表に出やすくなっているというわけです。

 

16日からの「共鳴期」は、そういった現実の激動と星たちが強く呼応する特別なタイミング。地中深くに埋まっていた運命の水脈が一斉に繋がり、見えなかった流れが現実のできごととして地上に姿を現し始めます。

 

ただ、その現れ方は素直とは限りません。よいと思っての行動が、あとから間違っていたと分かる。なんでもないようなできごとが、いずれ大きな引き金になる。対立したはずのことが、理解の深まりへと転じる。そういった乱反射を通して、未来は予測不能な入口を開いていきます。

 

この六日の間に見えたもの、出会ったもの、なぜか強く心を動かされたもの。そのなかに、今後一年、あるいは、もっと長い時間をかけて育てていくべき流れの核が含まれているはずです。

Solarita | 西洋占星術と東洋占術が融合した新しい占い

 

私は以前ホロスコープを先生に見てもらった際、

sintamsc.hatenablog.com

偶然の一致では片付けられないモノを感じたので、

時々、変だなあと思った時、見てみたりします。

 

私の感覚だと、

かなり星の作用と現在の状況が一致しており、

星はあなどれないと感じているところです。

 

私は全く詳しくありませんが、

この世界のシステムも、

生命も

物理法則の要素が非常に大きいと思うので、

意外に納得するところがあります。

 

しかし、

私はどちらかというと、

そういう占いや運命が示されると、

強く反発し、

激しく抵抗してきたタイプです。

示された逆の事をやってきました(笑)

 

この世界で生きるとは、

本当に想定外の連続です。

 

人間の想定など、

宇宙の法則から見れば、

全く及びがつきません。

 

人間の納得など関係がない。

 

ただただ、

あらゆることが起き続けますので、

あまり固定化せずに、

生きる事はとても大切な事かもしれませんね。

 

暑い日々が続きます。

 

よい1日をお過ごしください。