わたしからあなたへ

「ブログかけ!」というお言葉を頂きましたので、恐れ多くも挑戦中です。私に起きた不思議な物語の第1章を無事書き終える事が出来ました。しかし不思議な流れは力強く私を運び続けています。「あなた」が目に映る世界が苦しいと感じるのであれば、その心を「ほんの少し温める」一助になれば幸いです。泣いて笑って共に世界を味わいましょう。

あるがまま

「頑張らない」と「頑張る」

f:id:sintamsc:20171209003115j:plain

 ※「富士山に会いに行かなくちゃ」 by K・Y

 

今日も感じる事がありましたので・・・・

物語は、明日からまた再開予定です。

言葉や想いの閃きは一瞬。

それを逃すと、まるで煙のように、二度とつかめなくなります。

意図よりも、瞬間に湧き出る言葉や想いを優先して書かせて頂いています。

そうでないと、書く際のエネルギーが出ないのです。

どうか、ご容赦ください。

 

さて本題です。

「がんばらなくていい」

「そのままでいい」


という言葉が、この世界に浸透してきているように思います。

 

緊張を強いる世界が築き上げられてきた様に思えますので、その概念はとても歓迎すべき事だと思ってます。

 

この世界がバランスを取り戻すためにも「大切な言葉」だと思います。

 

これ以上頑張り様のない、命のギリギリのところを

私は何度か経験しています。


「頑張れない、これ以上は。」

 

これ以上求められたら死ぬしかないと。

 

その様な、経験もあり、私はすでに頑張っている方に「頑張れ」とは言うことは少ないと思います。

 

もうすでに頑張りの到達点に立っている方に、

「頑張らなくていい」

「そのままで充分」

と伝えてあげる事は、大きな救いになると思います。

 

でも、大切なのは、自分自身との関わり。

私は「頑張ってはいけない」のか?

 

私はそれだけを全面的に支持してるわけではなく、少し異なった考えを持っています。

 

私は、

「頑張っていい」

「自分を怒ってもいい」

「自分を恥ずかしいと思っていい」

「自分をダメだと思っていい」

「今の自分でなく、理想の自分を追いかけてもいい」

と思っているのです。

 

しかし同じ大きさで


「頑張らなくもいい。」
「そのままでいい。」

 とも思っています。

 

どの様な内容だとしても

それが自然に湧き出る思考や欲求であれば、それは私にとって真実。

 

それを否定する事は、結局は自分に嘘をつく事になるのです。

その小さな歪みが、やがて大きな歪みになるのだと思います。

 

そもそも私の様なタイプは、

 

「頑張らなくていい」と言われても、「頑張ってしまう」のです。

「いまのままでいい」と言われても、「ダメだと思ってしまう」のです。

 

そうして、頑張ってしまう自分をますます責めるのです。

 

私は仕事に行くとき「さあ、頑張ろう」と思います。

それは、とても自然な気持ちです。

 

私に仕事を選ぶことは出来ませんので

苦手な場所

苦手な人

苦手な環境

が未だに多くあります。

それを超えていくためには、私には「頑張り」が必要なのです。

 

「頑張るな!」と言われても、私にはどうしようもありません。

「楽」に「安心」して生きたいと誰より願っています。

ですが、否定的な感情や思考もそれは自然に湧き上がる発露なのです。

 

ただし、私は自分を責める事は、

少しずつ「やめる」事が出来るようになりました。

 

今は自分を肯定も否定もせず、「そうである」事を認めています。

 

「あるがまま」とは、否定も肯定もしないという事。

だだ「そうである事」を認める事。

善悪の判断をしないという事だと思います。

 

「緊張しながら」

「怯えながら」

「怖がりながら」

「卑怯だな」

という感覚や感情が湧き上がるなら、そうである事を自覚し認める。

それが、本当の「あるがまま」という事だと私は思うのです。

 

善悪の判断を超え

自分の真の姿を

自分自身がしっかりと正直に見つめてあげる事。

 

それは、自分への何よりの愛だと思います。

 

「頑張る」

「 頑張らない」

 

その2つに、本来は良いも悪いもないのだと思います。

 

好きに生きればいい。

 

頑張りたい人は精一杯頑張ればいい。

頑張ってる心地良さだってある。

強くなった事を誇れる喜びだってある。

頑張った先に見える風景だってある。

 

疲れた人は、精一杯休めばいい。

全てを放棄する時間は人には必要だ。

「なにもしなくていい」と心底思えれば、それは至福の時間になる事もある。

徹底的に休んだ後は「動きたいエネルギー」に突き動かされる事もある。

休み過ぎて「世界に出るのが面倒」になる事もある(笑)

 

自分を愛しても

自分を嫌っても

まあ、仕方ない、そうなってるんだ。

味わって生きるだけ。

 

「わたし」の生きる力である「あなたへ」

 

あなたが、生きていてくれる事は、私がこの世界で生きる理由となります。

私は他者に依存していますが、依存したっていいんです。

依存したために、傷ついたっていいのです。

それほどの自由が私にはあるのです。

 

昨日、4名の小さな忘年会を実施しました。

御年73歳の私の元船長(愛称)は、「古希野球チーム」に所属するほどお元気です。

行政職の重役を担い、多くの責任ある立場を歴任していた方です。

船長の「誠実さ・真っ当さ・正直さ・素直さ」は私にとって生き仏の様な存在です。

そばに居るだけで癒され、優しい気持ちになります。

でも、きれいな女性が近づくと瞬間的に「カメ仙人」になります(笑)

 

ただ、仕事をご一緒にしていた当時は、柔和な表情の内側に

鬼の様な厳しさも垣間見せ

「俺には妙に厳しい・・・」と感じていました(笑)

が、それは愛だと分かっていたので嬉しかったものです。

 

私はブログを書くに事に至った経緯を伝えました。

 

船長は「ついに幻聴が聞こえ出したか!!」と冗談 を飛ばしましたが、

 

真面目な顔をして

 

「目に見えない世界はたしかにある。神仏はある。それは齢と共に深まる」

「感謝なのだ。ありがたいのだ。ありがとう。という事なのだ」

とすんなりと受け止めてくれました。

 

船長は、しみじみと優しい顔で、

私たちを眺めた後にこう伝えてくれました。

 

「お前たちは俺の誇りだよ」

 

 どきゅーん!!

俺が女だったら、抱かれてるわ・・。

 

別れる間際は、私は恥ずかしさを抱えながらも、

「抱きしめさせてくれ」(私はそういうタイプではありませんでした・・

と伝え、生ける菩薩達を抱きしめました。

抱きしめる事で

自分が変化している事を、自分にも仲間にも表明しました。

 

先に歩き出していた船長は、振り返り、俺に向ってこう言いました。

 

「また、お告げがあったら、俺も一緒に行くから誘ってくれや!!」

 

え??

 

どんだけ、俺の周りは理解があるんだ・・

菩薩ばっかじゃん・・・

 

船長!!死なないでくれ!。

 

ちなみに

 俺は今日は休みなので、思いっきり「頑張らない」でいくつもりです(笑)