わたしからあなたへ

「ブログかけ!」というお言葉を頂きましたので、恐れ多くも挑戦中です。私に起きた不思議な物語の第1章を無事書き終える事が出来ました。しかし不思議な流れは力強く私を運び続けています。「あなた」が目に映る世界が苦しいと感じるのであれば、その心を「ほんの少し温める」一助になれば幸いです。泣いて笑って共に世界を味わいましょう。

悲嘆の日々②(天河までの流れ③)

『綺麗だよ』 誰にも見られないように、そっと手を握った。

 

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 「似合う花は」by s

 

私は彼女のお母さんに、どうしても伝えたい言葉があった。

 

朝の出来事があったため、心は思ったよりも強くはあったが、

 

葬儀場に近づくと、恐れの思考が湧き出した。

 

葬儀場では、彼女のご親族に会うことになる。

まだ若い彼女の死をどんな気持ちで受け止めるのだろうか?

それは、どれだけ苦しい事だろうか?

 

私は急に怖くなった。

 

ご親族から、私は罵声を浴びせられる場面を想像した。

 

『お前が最後に、

 

あの時止められなかったから、こんな事に!!

 

お前の力が足りないから、

 

こんな事になったのだ!!』

 

その様な妄想が私の思考を巡り続けると同時に

 

「ようやく罰が与えられる」

 

という妙な期待も脳裏にかすめた。 

 

車を運転し

葬儀場に到着した。

 

葬儀場はいつも不思議な感じがする。

 

しんと静かで、悲しさがあり、

 

時間が止まっていて、まるで夢の中みたいだ。

 

 

私は真っ直ぐ、彼女のお母さんに向かって

歩き出した。

 

お母さんは私を見つけると、

申し訳なさそうな顔で私を見つめた。

 

謝ろうとするお母さんを私は遮り、

私は真っ直ぐお母さんの瞳を見つめ、

口をひらいた。

 

『今日、私の誕生日です。

 

私は一生なっちゃんを忘れません。

 

私は、なっちゃんと出会えた事を

 

感謝しています。

 

出会わせてくれてありがとう。

 

私はこれから、なっちゃんと共に

 

生きていきます』

 

お母さんは、私の瞳をじっと見つめた後

強い意志でこたえた。

 

『娘は短い人生でしたが、生き切ったのです。

 

私に悔いはありません。娘は私の誇りです』

 

私とお母さんは、言葉にならない何かを

交換し合った。

 

お互い

 

心には沢山の悔いがある、

 

でも表現したのは感謝だった。

 

 

私は、なっちゃんの棺を遠くから眺めた。

 

見てしまうと現実だと知ってしまうから。

 

それでも、ちゃんと見届けなくては

という想いに駆られて

 

人が少なくなるのを見計らって、

 

私はなっちゃんに会いにいった。

 

 

優しい色の花に包まれて

なっちゃんは 美しく静かに眠っていた。

見たことのない、お化粧をうっすらしていた。

 

私は

『なっちゃん、とても綺麗だよ』

 

と話しかけ、誰にも見られない様、

 

そっと手を握った。

 

 

私は、棺に人が来るとすぐに、

離れた場所でなっちゃんを見守った。

 

親族達は、なっちゃんとお別れするように、

一言二言話しかけている。

 

私は、その風景をぼんやりと見つめていた。

 

すると、なっちゃんの「きょうだい」が、

 

じっと棺の中のなっちゃんを見つめていた。

 

私にも「きょうだい」がいる。

 

幼い頃から共に生きてきた。

 

遊んで、喧嘩して、頼りにして、笑って、

 

泣いて、あらゆる感情を共にしてきた。

 

そのかけがえのない「きょうだい」を

 

今失ったのだ。

 

なっちゃんのきょうだいと私が重なった瞬間

 

私は一目をはばからず、

 

声をあげて泣きに泣いた。

 

             続く

 

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悲嘆の日々③(天河までの流れ③) - わたしからあなたへ

 

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悲嘆の日々①(天河までの流れ③) - わたしからあなたへ

 

よく泣くなと思った『あなたへ』

 

よく泣きますね、この男。

2016年~2017年程、人目をはばからず、こんなに泣いたことはありません。

どうも極端な人間で、普段は全然涙が出ないのに、泣くときは徹底的に泣くのです。

 

涙について、昔から不思議だなと思う事があります。

笑って 怒って 楽しんで 悲しんで 喜んで

様々な感情は、目に見える事なく、『心の内に表現』されます。

つまり、感情は目に見えない精神的なものに見えます。

 

しかし、『泣く』に限っては、感情が『涙』という物質に転換され

他者からも、その感情が視覚的にも共有出来るのです。

 

泣くという事は、『悲しみ』だけでなく、『喜び』によっても、もたらされますね。

 

つまり、『涙』は感情の極みに達した時、精神的なものが物質化される

とても不思議な現象だといつも私は思うのです。

 

精神が物質化される。しかも、『水』という表現である事。

 

私は男ですので、あまり弱ってる姿を晒したくないという、防衛本能がかなり強いタイプです。

ですので、泣いてしまった後、軽く落ち込みます(笑)

 

 ですが、いつも落ち込んだ後に、この詩を思い出して、元気を出します。

 

『地球のレッスン』 北山耕平 著

 アーチー・ファイアー・レイム・ディアーの言葉

 

いかに泣くかを学ぶ

 

『われわれはいかに泣くかを

 

 学びなおさねばならない。

 

 強い男は泣く。

 

 ぐっと涙をこらえるなどというのは

 

 弱い男のすることだ』

 

この詩を思い出し「そうか・・おれは強い男なんだな・・・」

と呟き、安心して眠ります(笑)

 

今日は水曜日!あと半分!!