わたしからあなたへ

「ブログかけ!」というお言葉を頂きましたので、恐れ多くも挑戦中です。私に起きた不思議な物語の第1章を無事書き終える事が出来ました。しかし不思議な流れは力強く私を運び続けています。「あなた」が目に映る世界が苦しいと感じるのであれば、その心を「ほんの少し温める」一助になれば幸いです。泣いて笑って共に世界を味わいましょう。

心配されるのが嫌いだ。

「あなたへ」

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「いい顔」byS

 

心配されるのが、

 

嫌いだ!!

 

同情されるのが、

 

嫌いだ!!

 

ゼーハーゼーハー(荒い呼吸)

 

といきなり怒ってます。

 

自分が他者から、

 

心配だと思われている事や、

 

可哀想(同情)に思われている事を、

 

心が感じとってしまうと、

 

私はただちに、

 

その心配された手を振りほどき、

 

「俺にさわるな!」

 

という反応をしてしまいます。

 

 

「俺は俺でやっていくから、

    おめーはおめーの事、

    やってろ!

    俺の事はかまうな!!」

 

と、激烈な感情が私を襲い、

 

死にたい気持ちになります(笑)

 

何か私の大切な部分が、

 

汚される気持ちになるのです。

 

そういった眼差しに、

 

何故か非常に敏感で自分でも抑えきれません。

 

心配してくれるのに、ごめんなー。

 

この感覚は微妙なニュアンスがあって、

 

拒否的にならない心配もあったりして、

 

自分でもややこしい部分です。

 

気持ちよく受け取れる心配もあるのです。

 

とにかく、私にとって

 

必要なのは信頼

 

たとえボロボロになったとしても、

 

死にかけだとしても、

 

信頼してほしい。 

 

同情せずに、

 

よくやった!と死ぬのを見守って欲しい!!

 

対等に接してほしい。

 

という激烈な欲求があります。

 

助けて欲しい事も、

 

力を借りたい事も、

 

実際沢山あります。

 

優しくして欲しいんです(笑)

 

しかし、

 

その敏感センサーが反応する場合があります。

 

本質的な意味として、

 

人は誰もが対等だろ?

 

と私は思うのです。

 

どんな境遇であろうと、

 

人に対して侵してはいけない部分があると

 

私は信じています。

 

それは、

 

尊厳という言葉が、

 

ふさわしいかもしれません。

 

その見えない尊厳が冒されると、

 

本能的に激しく拒絶をするようです。

 

私は、

 

このような気性があるので、

 

他者に対しては、

 

どんな境遇であろうと対等な存在として、

 

接していると思います。

 

もちろん、

 

心の中では心配もします。

 

辛いな、大変だなと痛いほど感じます。

 

立派だな、かっこいいなとも。

 

助けてやりたい。

 

何とかしてやりたい。

 

と、しょっちゅう考えています(笑)

 

が、本質的な意味において、

 

対等な存在として、接しているので

 

私の中で、

矛盾はないのです。

 

それは、ちゃんと伝わる事でもあります。

 

私が学生の時、

 

重度の障がいを持つ友人から、

 

「あなたの様に、

 

 私に接する人は初めてだ。」

 

と驚かれた事があります。

 

ただ、あまりに対等に接するので、

 

「そこは心配して!」

 

と呆れられた事もあります(笑)

 

これは、正しい、間違ってる話ではなく、

 

単なる趣味の問題です。

 

心配される事で、

 

元気になる方もいるでしょうから。

 

私は、元気がなくなるタイプという話です。

 

めんどくさくて、

 

すいません!!

 

さあ、今日も、

 

しきりに自分を責めて、

 

眠りにつく事でしょう。